上野千鶴子氏インタビュー「日本の寛容さを世界に示せるように」 2020年にむけて
NewsPhere Jan. 12. 2020
2019年末、伊藤詩織さんの民事勝訴と、世界経済フォーラム(WEF)のジェンダーギャップ指数で日本がさらに順位を下げ153カ国中121位という、日本の女性の立場を象徴する対照的な2つのニュースがほぼ同時に世間を賑わした。
日本でフェミニズムが再び活気を帯びてきたように見える昨今だが、世界的に見るとまだまだなのか。2020年、私たちにできることはあるのか。
上野千鶴子東京大学名誉教授に話を伺った。
− 昨年は、男女平等への貢献を讃えて、フィンランド政府より表彰されましたね。すばらしい快挙ですが、報道が少なかったように思いました。
あれでも多かったほうだと思います。日本では「ジェンダー」も、「フィンランド」も、メディアに登場する機会の少ない話題です。あのとき、いくつかのメディアが「フィンランドは男女平等先進国」というイメージをきちんと伝えられたので、後のサンナ・マリン新首相誕生が大きく報道される土台ができたのではないでしょうか。その意味でフィンランドの方から見ても(授賞は)外交的に良策だったのではないかと思いますが、私にスポットライトが当たった原因は、やはり東京大学入学式での祝辞スピーチでしょう。
− 先月12月8日のニューヨーク・タイムズでも、先生のスピーチが引用されていました。
私が理事を務める認定NPO法人ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)のサイトには国際ページがあり、おもに英語で配信しています。東大スピーチは6つの言語に翻訳されました。日本のフェミニズムは海外でその認知度を上げています。
− フィンランド大使館での授賞式のときに、政府の方々とお言葉を交わされたかと思いますが、女性の社会進出に関して何か印象に残ったことは?
女性初の大統領であるタロヤ・ハロネン元大統領に、「女性指導者には何が必要か」とたずねたときに、「sense of humor(ユーモアのセンス)」という答えが返ってきました。政治には役に立たないけれど(笑)、自分のメンタルを維持するのに大切だ、と。そのとき、さすが、苦難を切り抜けて、ここまで上り詰めた人だと思いました。フィンランドだって、スウェーデンだって、ほんの半世紀前までは保守的な男性社会だった。それが、変わってきた。いや、「変えてきた」んです。
− バッシングなどをかわし精神衛生を維持するのにユーモアが必要だったのでしょうね。彼女たちはなぜ社会を変えることができたのでしょうか。
政策に強制力をもたせてきたことでしょう。どんなに耳障りのいい政策でも、実効性がなければ意味がありません。たとえば昨年、日本では参議院議員選挙がありましたが、それに先駆けて「候補者男女均等法」が国会で全会派満場一致で成立したにもかかわらず、女性議員数は選挙前後でまったく変化のない28名。こういうポジティブ・アクションは強制力や罰則規定がないと効果がありません。たとえば、達成しなかった場合政党交付金を支給しないとか、達成率に応じて支給するとか、そういう罰則を設けないことには「口先だけの法律」ということになってしまいます。それをきちんとやってきたのがフィンランドです。
− 新しく就任したマリン首相は社会的弱者の代表者のような人です(マリン首相は女性で、フィンランド史上最年少の首相。両親の離婚後、母親と同性のパートナーに育てられたが、経済的に苦しかった)。このような人々が指導者になれる社会にするために最も重要な社会的要素は何でしょうか。
高等教育の無償化でしょう。日本では、保育園などには低所得者対策がありますが、高等教育に行くほど保護者のコスト負担が大きくなります。だいたい、私立に「合わせる」ために国立大学が授業料を上げるなど、理屈にならないことをやっています。
また、クオータ制(人口構成を反映して、政治などの分野での男女比率の偏りをなくす制度)にしても、「日本の風土に合わない」なんて意味不明なことを言う男性議員がいまだにいます。
まあ、「危機が来ると女頼み」なんてこともありますから、ひょっとしたら女性指導者誕生、なんてこともあるかもしれませんが(笑)。
− 年末、伊藤詩織さんの民事勝訴と、WEFジェンダーギャップ指数がさらに落ち、153カ国中121位という、対照的な2つのニュースがほぼ同時にありました。これらが象徴する日本の社会とは? 何が変わり、何が変わっていないのでしょうか。
詩織さんの勝訴については、自分のことのように喜んだ女性たちがたくさんいました。性暴力に対する許容度がかつてより大きく下がってきていると感じます。昨年の岡崎性暴力事件(実父が娘を13歳から19歳にかけて強姦してきた事件)の無罪判決でも、多くの女性法曹が怒りの声をあげました。
10年前、フェミニズムには激しい逆風が吹いていました。それがここ2、3年で風向きが変わったのを肌で感じています。若い女性たちがNOと言えることに気づき始めたのも喜ばしいことです。また、以前のようなフェミニズムアレルギーも無くなってきたように思います。ひと昔前までは「フェミニズム」や「ジェンダー」などがタイトルに入った本は出版さえできませんでしたが、今ではたくさんの本が出版され、しかも売れ行きも好調です。
ジェンダーギャップ指数が下がったのは、日本が悪くなったのではなく、他の国が頑張って改善の努力をしているからでしょう。たとえば男女間の賃金格差ひとつとっても、多くの国でその差が縮まりつつあります。変化に取り残されると、これからますます下がっていく一方です。男女格差問題だけでなく、政治でも、経済でも、国際関係でも、変わらなければじり貧になるだけです。
− 最後に、2020年、私たちの目指すべきことは。
今年はオリンピックとパラリンピックという大イベントがあります。オリンピックには乗れませんが、パラリンピックは歓迎です。ジェンダー、マイノリティ、ディスアビリティなど、各方面に対して東京のバリアフリー度が試されます。この意味で、昨年ラグビーのワールドカップをホストしたのはとてもいい経験になったと思います。
各自治体が各国選手の受け入れもしますから、そうなると、これまで一度も外国に行ったことがないような人たちも、必然的に外国人と接することになります。たとえば一口にアメリカ代表といっても、アフリカ系もいればアジア系もヒスパニック系もいる。そういう、いろいろな「違い」を経験するでしょう。
フェミニズムが浸透してきたことを追い風に、「違い」を受容できる国、「ダイバーシティ」に寛容な国であることを世界に示したい。そういう国になれればいいなと思っています。

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