
東海テレビ放送(愛知・岐阜・三重を放送エリアとする、フジテレビ系列のテレビ局)は、ドキュメンタリー映画の制作に定評がある。2010年に「戸塚ヨットスクール」の戸塚宏校長を追った『平成ジレンマ』を劇場版として初公開して以降、「名張毒ぶどう酒事件」を取り上げた『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』(2012)や『眠る村』(2018)、話題騒然となった『ヤクザと憲法』(2015)、ドキュメンタリー映画としては異例の動員数を記録した『人生フルーツ』(2016)など、もっぱら社会派のテーマを取りあげ、丹念な取材と力のある編集や音楽で、刺激的な作品を世に送りつづけてきた。
その「東海テレビ」が、開局60周年を記念して2018年に放送した番組を再編集したのが、本作『さよならテレビ』である。自らを取材対象にしてしまうという思い切りの良さと挑発的な内容で、テレビでの放送時から物議をかもした(筆者は未見)。その後、2019年の「あいちトリエンナーレ」でのテレビ版の上映に続き、再編集された劇場版が現在、全国の劇場で公開中だ。「同業者として刺さる」「露悪的」「いや、ここまで見せるなんて凄い!」と、観た人たちの間でふたたび賛否両論が渦巻いている。

撮影のスタートは2016年。前述の『ヤクザと憲法』や『ホームレス理事長』(2013)で指揮をとった圡方宏史監督を始めとするドキュメンタリー班は、およそ1年7ヶ月をかけて自社の報道部にカメラを向けた。映画は、自分たちが被写体になることに不快感を示す編集幹部たちとの険悪な雰囲気から始まるものの、取材の腰が据わってからは、緊張感のあるスタジオや日々の現場の様子など、メディアをつくり出す側から見える報道の世界を覗くことができて興味深い。
やがて、アナウンサーの福島智之さん(当時37歳)と、契約記者として働く澤村慎太郎さん(同49歳)、制作会社の派遣社員としてやってくる渡邊雅之さん(同24歳)の3人がクローズアップされていく。ときにプライベートでの振る舞いも交えながら、彼らのメディア(や会社)とのかかわり方を見ていると、それぞれに葛藤を抱えつつ報道の現場にいることが見て取れる。さらに、主にこの3人の姿をとおして垣間見えるテレビ局の内情には、「テレビさん、さようなら」と言われても仕方ないよねと思えてしまう、恒常的かつ深刻な問題と、それを打破する策を持たない組織の閉塞感が漂っているようにも感じられる。3人の葛藤を引き起こしている理由には、存在意義が薄らいできた組織の制度疲労と揺らぎもあるのだ。

たとえば、放送局を支配する「視聴率至上主義」と「報道の理念」との乖離、あるいは過去に起きた放送事故と、それを繰り返しても仕方ないと思わせるような労働環境。――組織の力学や働き方をめぐる構造的な問題は、おそらく多くの日本の組織(企業だけじゃなく)にも当てはまるものだ。だが、非正規雇用の社員にそれらを代弁させるような撮り方を見ると、問題を捨て身で告発する覚悟があるとも思えず、「一体、どのくらい真剣に問題だと考えてるのだろう?」と思いたくなってしまう。同時に、「いや、これを問題だと思っていない人が多いからこそ、たとえ編集された事実だとしても、可視化したこと自体が凄いのだ」と思いなおす。いまは、賛否両論の評判のように、わたしの気持ちも評価の両極で揺れている。
実はわたし自身、積極的にテレビを見ない生活をはじめて、もう30年ほどになる。長らくテレビから「さよなら」しているわたしは、浦島太郎のように、本作に映された現実の変化に良い意味で驚かされることになるのだろうか――と思っていたら、自分がテレビとお別れしたときのまま(えっと、だから1990年代)、テレビ局はどこかで進化の時を止めてしまったのか、と思う場面がいくつかあった。特に、「だからダメなんじゃん」と声が出そうになった、些細だが忘れがたい場面がある。――今どき、バレンタインデーに女性たちが男性社員にチョコレートを配るんだ!――その、無自覚な異性愛主義と性差バイアスがフツーに会社に持ち込まれている様子は、思い返しても脱力する。まさか、あのチョコが「Z案件」なんてことはないよね!?まずは、そこから変えてみたらと強く言いたい。――公式ウエブサイトはこちら。(中村奈津子)
★『世界』(2019年1月号)の特集「世論のつくりかた」のなかで、林香里さんと永田浩三さんによる『さよならテレビ』を取り上げた対談「報道の未来は、『弱さを見せる強さ』にかかっている」が掲載されている。メディアがご専門のお二人による分析も面白いので合わせてどうぞ!
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