いまや、新型のコロナウイルスに世界中がおびえ切っています。外へ出るな、人と会うな、イベントは開くな、とあれもこれも禁止されて、どんどん内向きになっていきます。本当に1日も早く終息することを祈るしかありません。そういう中で憂鬱なのは、病気の広がりに対する恐怖と不安だけでなく、ことが起こると女性にしわ寄せがくるという、毎度繰り返される構図がここでも見えてきたことです。
2月27日夜9時のNHKのニュースは伝えていました。北海道の学校が感染予防のために一斉に休校にしたとたん、ある病院は予約のない外来診療を取りやめる措置をとったのだそうです。
「ウイルスが広がると、病院は外来診療を休む」ってどういうこと? 逆なんじゃないの? ウイルスが広がったら、病院は休んでなんかいられないはずでしょ?といぶかっていると、ニュースは答えてくれました。その病院で働く何人もの看護師さんたちが、家にいることになった子どもをみるために仕事を休んだ、それで診療体制が整わなくなった、というのです。病気を防ぐためにとった処置が、もしかしたら医療の場が手薄になって、逆に病気の感染を広げかねないことになっています。
わたしの子育て時代を思い出します。朝、子供が熱をだしたとわかったとき、わたしはほんとに慌てました。夫はもう会社に出てしまっています。その日1日の自分と子どもの予定を頭の中でさっと描き出して、どこから電話するか、誰かに頼めるか、頼めなければどうするか、いろいろシミュレーションして、電話をかけ始めます。熱を出している子どもはかわいそうでも、すぐそばに居てやることはできません。そうして何とかやりくりをして、助っ人に来てもらえると、近くの診療所のこと、昼の食事のことなどいろいろ頼んで、走るようにして家を出ました。もちろん遅刻です。そして早退です。会議の途中で抜けることも多くて、職場ではいつも、すみません、すみませんと、言っていました。子どものことではいつも危ない橋を渡っていたと、今でも思います。
そういう思いを今でも多くの母親がしていると思うと、申し訳なくなります。わたしたちがもっとがんばって女性の働きやすい社会にしてこなかったからだと、すまなく思うのです。
全国の小中高等学校を3月2日から休校にするよう要請するという首相の発表は、もっと大きな波紋を呼んでいます。小さい子どものいる家庭はパニックではないでしょうか。
TVの街頭インタビューで、「子育て世代のお母さんが仕事を休めるかどうか問題ですね」と、40代と思われる女性が答えていました。きっと、自分が少し前に働きながら子どもを育てて学校のことで苦労してきた先輩なのでしょう。3歳ぐらいの子どもを連れた女性が答えていました。「困りましたね。学校が休みになるとシュジンとどっちかが休まないといけないし。結局わたしが休むことになると思いますけど」と、本当に困ったような暗い表情で答えていました。
そして、28日夜7時のニュースでも、別の病院で看護師さんをどう確保するか緊急の会議を開いていました。60人の看護師のうち半数近くが小さい子どもがいることがわかって、厳しい状況ですねー、とその会議を主宰している看護師さんはため息をついていました。
学校が休みになると、子どもの面倒を見るために女性が仕事を休む、それが常識のようになっています。私の時代はまさにワンオペの時代でしたが、今では育児休業の制度もしっかり整ってきて、子育ては母親だけのものではないという意識も浸透してきているはずです。でも、こうした非常時になると、さっとワンオペの時代に戻ってしまうのでしょうか。
今の日本では、看護師は圧倒的に女性が多い職種です。その看護師が子どもの面倒を見なくてはいけないから仕事を休む、すると病院で働く医療スタッフが不足する、その結果、病院の本来の目的である診療を縮小するという三段論法です。「ウイルスが広がると、病院は外来診療を休む」は、風が吹くと桶屋が儲かると同じようにわけのわからない論法です。
こんな論法がまかり通っていいのでしょうか。今は、医療現場にいちばん活躍してもらわなくてはいけないときです。そういうときなのに、「とにかく人手が足りないんだから、外来を休診するしかない」で、いいのでしょうか。医療体制の縮小を、看護師が休むせいにしてもらっては困ります。病院は、看護師が休まなくてもいいように自治体や政府に働きかけてください。看護師の夫たちが休めるように企業に申し入れてください。そして、看護師の夫さんたちにお願いします。お父さんとしてせめて半分は子どもさんの面倒を見てください。貴重な人材である看護師さんたちを職場に戻してください。
もうひとり、「結局わたしが休むことになると思いますけど」と言った女性の夫さんにもお願いします。半分ずつ休んで子育てをしてくださいと。
もしかしたら、女性の方が給料が安いから休むことになると言ったのかもしれません。そういう例は多いです。でも、そうやって女性だけが子育ての負担を背負い込み続けたら、いつまでたっても、女性の地位も給料も上がりません。アルバイトや非正規で働く人は女性の方がずっと多い現状で、子どものために仕事を休んだら、収入も減るし、仕事の確保も難しくなるかもしれません。ますます女性は輝けなくなります。
休校によって起こる事態に責任を持つと、安倍さんは言いました。まず、子育てを半分ずつ担えるように父親たちを家庭に戻してください。看護師さんたちを病院に返してください。母親だけが仕事を休むという日本社会の悪弊を、この際きっぱりと断ち切ってください。これこそが真っ先に果たしてほしい責任です。
2020.03.01 Sun
カテゴリー:連続エッセイ / やはり気になることば
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