天皇とは異なり、皇后には、その政治的位置づけや役割を明記したものはありません。彼女たちは、天皇の妻となることで結果的に皇后となり、それぞれに自らの皇后像を模索していくことになります。  皇后とはどのような存在か。皇后は何をなすべきか。そのありかたを問い続け、試行錯誤を繰り返していく過程で、歴代皇后の事蹟は、ふまえるべき先例となります。なかでも、近代の皇后像を新たに創り上げた美子(はるこ)の存在は重要であり、現代の皇后像を考えるうえでも、決して遠い過去のものではありません。
 明治初期の女性教育でも先導的役割を担った美子は、1877年と1887年に『明治孝節録』『婦女鑑』という二つの道徳書を編纂させています。道徳書の編纂を命じることは、結果として、それを命じた者、すなわち皇后が、善悪を判断し、国民ひとりひとりが守るべき行為の基準を示したことを意味します。
 彼女の命により作られた道徳書とはどういう内容のものだったのか。そこに込められた意図とは何だったのか。「皇后」として、美子はどのような国民を育てようとしたのか。そして、そもそも美子は、どのような教育のもとに成長し、「皇后」という日本で唯一の存在として、そのありかたを創造していったのか。
 本書では、幕末から、美子が編纂を命じた『婦女鑑』が成立した1887年までを対象に、若江薫子、元田永孚らが行った皇后教育、美子が女性教育に果たした役割、体現した「皇后」としてのありかたを明らかにすることで、結果的に美子が、天皇の絶対化に与する存在として、国民の教育にもあたったことを示したいと思います。それは、「明治の精神」の内実を問う、ひとつの試みでもあります。  

皇后になるということ: 美子と 明治と 教育と

著者:榊原 千鶴

三弥井書店( 2020-01-07 )