坂上香監督の3作目となるドキュメンタリー映画『プリズン・サークル』は、初めて日本の刑務所にカメラを持ち込み、そこで行われている「TC」と呼ばれる服役者の更生プログラムと、プログラムの受講生たちを丁寧に取材し作られた作品だ。刑務所の扉は予想をはるかに超えて固く、なんと取材許可がおりるまでに6年、撮影に2年を費やしたという。坂上監督の信念や情熱に支えられた粘りづよさと、人間の尊厳の回復への願いが結実した作品である。2020年1月に劇場での上映がはじまってから、本作に心を動かされた人たちのさまざまな感想や作品の評価、TCのさらなる導入を求める声などがSNS上でも絶えない。上映は全国各地に広がり、ロングラン上映やアンコール上映を行う劇場もあるほどだ。

2004年に制作した『LIFERS ライファーズ 終身刑を超えて』で、アメリカの終身刑受刑者たちの姿を追った坂上監督は、そのときに受刑者たちが受けていた更生プログラムが日本の刑務所でも取り組まれていることを聞いたのが取材のきっかけだという。

本作の舞台となる、2008年に運営を開始した「島根あさひ社会復帰促進センター」は、官民協働の新しい刑務所だ。警備や職業訓練などを民間が担い、ドアの施錠や食事の搬送は自動化され、ICタグとCCTVカメラが受刑者を監視する。映画ではその様子も垣間見ることができるが、刑務所のイメージを覆されるような明るい空間と、デジタルで管理されたシステムの目新しさに当惑する。しかし、そこが決して開放的な場などではないことは、すでに冒頭のシーンの、刑務官たちの後ろ姿から感じられるし、受刑者たちの手の真っすぐに伸びた指先や、座るときに整えられている両足、一斉に行われる食事の姿などでうかがい知ることができる。ここは、法によって罰せられた人が懲罰をうける場なのだ。この刑務所には、犯罪傾向の進んでいない男性受刑者2000名が収監されている。

だが、この刑務所の新しさは設備だけでなく、受刑者同士の対話をベースに犯罪の原因を探り、更生を促す「TC(Therapeutic Community=回復共同体)」というプログラムを、日本で唯一導入している点にある。ただし、希望する受刑者すべてが受けられるものではないらしい。現在は、30~40名程度の受講生が半年~2年程度、寝食や作業を共にしながら、週12時間程度のプログラムを受けている。映画の主眼はこのプログラムに向けられ、本作では撮影を許された受講生たちのうちの4名と、プログラムを提供する民間のスタッフたち、さらには、すでに刑期を終えて社会復帰している「元TC受講生たち」が登場する。

生い立ちや罪状、刑罰や刑期が異なる4人の、それぞれのプログラムとの向き合い方や、プログラムの中での他者との関わり合いの様子、個別に行われた監督によるインタビューなどをとおして各々の言葉と言動の変化を眺めていると、「更生」とは何かを強く考えさせられる。映像の中で真剣に受講生たちと向き合っている、プログラムを提供するスタッフたちの人となりや運営の力量にも目をみはる思いがし、また次第に、自分もこのプログラムに参加する一員であるかのような気持ちになった。

受講生の4人には、それぞれ子ども時代に虐待やネグレクト、いじめなどの暴力を受けた経験があり、その経験を自分の言葉で表現することで、自らの痛み(と他者の痛み)に向かい合うようになる姿も映される。その、自らの被害経験や加害行為を語ることと、語ることで変わっていく姿に、わたしは強く心を打たれた。自分が幼いころに受けた暴力のことを言葉にするのは、それを学ぶ経験がなければ難しい。本当はこう思っていたのだ、こう感じていたのだと自分の腑に落ちるまで言葉の試行錯誤をするプロセスは、有益であると同時に消耗する。言葉にしてしまったことで、かえって激しく後悔することもある。暴力を受けたという事実において、自分が不本意に弱者にされたことを認めるのも、心地よい経験であるはずがない。それでも、自分の言葉で表現することが痛みからの回復と加害の自覚には必要であり、それには、自分と向き合ってくれる具体的な他者が必要なのだ。彼らがここへ来るまえに、それぞれに救済の、あるいは回復の場があればと考えてしまった。

映画では、一人ひとりの幼少期の経験が、若見ありささんのアニメーションによって表現されており、その表現のもつ力にも圧倒された。その人だけの痛みが、リアリティを追及しないことでむしろ、見る側にリアルに伝わる普遍的な痛みに変わる。わたしは、アニメーションを見ているうちに自然に涙が出て、自分の心にある弱さや痛みの経験が共鳴してしまっていることに驚いた。TCだけでなく、この映画自体にも、見た人自身の内省をうながし言葉を引き出す力があるようだ。


本作は、名古屋での上映初日に、坂上監督の舞台挨拶付きで鑑賞した。坂上さんはいつものように、上映終了後「ちょっと集まれる方は、このあとお茶でもしませんかー?」と気軽にお声がけをしてくださって、そのあと2時間近く、集まった10人程度の方たちとお話をした。どちらかというと支援の現場にいる人が多い場だったけれど、わたしにはTCを再現しているような、共同や回復を感じる時間だった。わたしたちの日常に、もっと「回復」につながる場があり、その輪が広がっていけば、暴力の連鎖もきっと減るだろう。そういえば映画も、そんな、社会への祈りが強く感じられるラストシーンだった。あるモザイクが消えたシーンに、わたしは、またしても涙があふれてしまった。今は、坂上監督にはもちろんだが、本作の制作に関わられた皆さんと出演者の方々へ、本作を届けてくださったことに、心からのありがとうを伝えたい。公式ウエブサイトはこちら。(中村奈津子)

監督・制作・編集:坂上香
撮影:南幸男 坂上香 録音:森英司 アニメーション監督:若見ありさ 音楽:松本祐一 鈴木治行
製作:out of frame 製作協力:プリズン・サークル映画製作チーム
配給:東風
2019|日本|136分|(C)Kaori Sakagami

2020年1月25日(土)より、渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。公開日時については公式サイト、もしくは劇場でご確認ください。
◆公式HP:http://prison-circle.com/
◆公式FB:https://www.facebook.com/prison.circle
◆公式twitter:https://twitter.com/prison_circle


<おまけのご案内>フェミックスが発行している『くらしと教育をつなぐ We』224号に、本作に関する坂上香さんのインタビュー記事が掲載されています。合わせてご参照くだされば幸いです。

【全国にあるミニシアターの運営継続に、ご支援をお願いします】
いま、コロナウイルスの広がりを抑えようとする自粛要請の影響で、全国の映画館も苦渋の選択をせまられています。とくに、政府からの営業補償をしない自粛を、という声はそのまま、もともと細々と運営を続けてきてくださった小規模の劇場(ミニシアター)を閉鎖に追い込むことにつながりかねない状況です。今回ご紹介した『プリズン・サークル』のような、商業的には規模が小さい作品を上映する場がなくなったら、文化的・社会的な損失がどれほどあるのかと思うと心穏やかではいられません。

わたしが足を運ぶ劇場では、除菌、消毒、換気、空気清浄機の設置、スタッフのマスク使用など全力で対策を講じていらっしゃり、悲しいかなお客さんもまばらで、たいていの作品は十分な距離がとれるため、個人的には通勤電車内よりよほど安心です。「それでも、行って応援するのは無理」という方は、ぜひ、例えば鑑賞会員になるとか、いつか観たいと思う作品のパンフレットだけ購入するとか前売りチケットを購入し応援していただくなど、少しでもお気持ちを寄せていただけると嬉しいです。

ミニシアターをめぐる状況は、miyabi yamaguchiさんによるnoteの記事、「ミニシアター、今どうなってますか?」シネマスコーレ・坪井さんの話(2020/3/30)が非常に参考になります。ぜひご一読いただき、身近な劇場のサポートをご検討くだされば幸いです。