
1986年の中国。北方内陸部の工業都市にある国有企業で働くリウ・ヤオジュン(ワン・ジンチュン)とワン・リーユン(ヨン・メイ)は、一人息子のシンと3人で宿舎に暮らしていた。ふたりの同僚で、同じ宿舎に暮らすシェン・インミン(シュー・チョン)とリー・ハイイエン(アイ・リーヤー)の夫婦にも、偶然、シンと同じ日に生まれた息子ハオがいた。二組の親たちは子どもたちを義兄弟とし、自分らは互いの子どもの義理の父母としての約束を交わして、ふたりの息子は、まるで兄弟のように育っていった。
1994年のある日のこと、ハオと一緒に遊んでいる時間にシンが川で溺れ、命を落としてしまう。絶望と喪失感を抱えたヤオジュンとリーユンは、慣れ親しんだ土地と、ともに時間を過ごした友人や同僚たちから離れ、彼らとの連絡も断ち、福建省の沖合にある小さな漁港でひっそりと暮らすことを選択する。
月日は流れ、ふたりはシンに面立ちの似た養子(ワン・ユエン)をもらいうけ、地縁のない場所での暮らしにも溶け込もうとしていたが――。

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1980年代以降の中国は、人口の急激な増加を抑えようとする「一人っ子政策」と、社会主義の枠組みに市場経済を導入する「改革・開放政策」によって大きく様変わりしていった。政治の民主化を求める声を押しつぶしながら、1990年代に入ると「社会主義市場経済」を掲げ、いっそうの経済成長を遂げていく。2008年に北京オリンピックを実現し、2010年にはGDPが世界第2位となるまでに成長した半面、経済格差の広がりや大気汚染の問題、アンバランスな人口の男女比などの、新たな社会問題も抱えている。
そうした、激動する社会の大小の波をまともに受けてきたのは市井の人々だ。本作は、1980年代後半から2010年代始めまでのおよそ30年にわたり、大きく変貌をとげた中国で必死に生きた人々の喜びと哀しみに彩られた半生を、社会の移り変わりとともに描いた、壮大な物語である。
登場人物たちの固い結束は、職場への所属によって生まれる「単位(タンウェイ)」という共同体に支えられているが、物語は、そんな彼らの関わり合いを決定的に変えてしまう「子どもの悲劇的な死」を中心に据えて展開する。1990年代から始まる舞台は、1980年代、2000年代・・・と、時代とエピソードを行きつ戻りつしながら、人生の長さと物語の深みを増していく見事な構成だ。脚本と演技、撮影、演出、音楽など映画の要素すべてのアンサンブルがじつに美しい(ちなみに本作で、主演の二人は第69回ベルリン国際映画祭で最優秀男優賞&女優賞をW受賞した)。3時間を超える長尺だが、その長さを感じさせず、しかし30年の年月を彼らと共に伴走したかのような、ずっしりとした手ごたえの残る作品だ。
シンの死をきっかけに住まいを移し、経済成長の波が届かない場所でひっそりと生きたヤオジュンとリーユン、90年代のリストラ(中国語で「下崗(シアカン)」)によって工場を辞めてから不動産会社を興し、成長の波に乗ったインミンとハイイエンの2組の夫婦を象徴的に配し、彼らより下の世代として、ガオ・メイユー(リー・ジンジン)とチャン・シンジエン(チャオ・イエングオジャン)のカップルや、インミンの妹シェン・モーリー(チー・シー)等を置き、若い世代の意識の変容まで描いているのも興味深い。

主人公の二組の夫婦の年齢は明かされていないが、おそらく1960年前後の生まれ(今の60歳前後-アラカン世代に該当する)ではないか。子どもを間に挟んだ夫婦の役割は固定的で、悲しみゆえに酒におぼれるのも、<一時の過ち>を犯すのも男性という設定はステレオタイプだが、それがこの世代の平均的な表象なのだろう。少し年の若いメイユーとシンジエンのユニークなカップルや、アメリカに留学をし、元夫の子どもとともに最後の場面に登場するモーリーの姿を見て、人々の営みによって否応なく民主的に変わっていくだろう、この国の未来を思った。
本作は、日本では「蛍の光」の題名で有名な曲「友谊地久天长(友情は年月の長さ)」が要所に登場し、物語全体を染めていく。日本で育った人のほとんどが思い描くこの曲のイメージは、おそらく「卒業式」か「閉店時間」のどちらかだろうと思うが、中国語バージョンは元歌であるスコットランド民謡の「オールド・ラング・サイン」に忠実に、「友情は、天地の如く変わらない」とうたう。ちなみに、本作の英題は『So long, My Son』という。原題とは視点が異なるタイトルだが、ラストシーンのいくつもの邂逅と和解のあと、わだかまりを緩やかに解いていくふたりがシンの墓参りをするシーンに、わたしはこのタイトルを思い出し、深く、胸をつかれた。公式ウエブサイトはこちら。(中村奈津子)
4/3~角川シネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ他全国順次公開。5月以降、愛知・名演小劇場にて公開予定!
※新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の影響により、上映期間等が変更になる場合がございます。詳しくはホームページでご確認くださるか、劇場へお問合せください。
出演:ワン・ジンチュン、ヨン・メイ、アイ・リーヤー、チー・シー、ワン・ユエンほか
監督:ワン・シャオシュアイ
脚本:ワン・シャオシュアイ、アー・メイ
撮影:キム・ヒョンソク
音楽:ドン・インダー
原題:地久天長 英題:SO LONG, MY SON/2019年/中国/185分/カラー/1.85:1
配給:ビターズ・エンド
© Dongchun Films Production
http://bitters.co.jp/arishihi/

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