世界中が新型コロナウイルスに恐れおののいています。先が見えない不安な時期が長く続いていますが、みなさまご無事でお過ごしでしょうか。
こういうときこそ、わたしはことばの力を考えます。ことばなんかよりも現実が先だ、政治家のことばをあげつらっている時ではないだろう?と叱られるかもしれませんが、指導者のことばが人々に与える力はとても大きいので、あえて小池都知事のことばを取り上げます。小池さんのことばはカタカナ語が多い、英語まじりが多いとよく言われますが、敬語が多くて丁寧な話し方もその特徴のひとつです。
都知事の4月23日の記者会見の一部がニュースに出ていました。知事は、スーパーの三密を回避するため「食料品などは十分供給されていることはご存じの通りでありますので…買い占めるなどということはお避けいただきたいと存じます」と語っていました。「オサケイタダキタイ」と聞いたとき、一瞬え?と思いました。子どもや外国人はきっと「お酒いただきたい」と言ったと思うでしょう。ここは、「買い占めは避けてください」でいいし、もっとはっきり「買い占めはやめてください」と言うべきでしょう。
他にどんなことを言っているのか知りたくて、東京都のHPで改めてその時の発言を聞いてみました。会見は都民の自粛の協力に「感謝を申し上げたいと存じます」で始まっています。「感謝を申し上げたいと存じます」という最上級の敬語にまず驚きます。
感謝します⇒感謝いたします⇒感謝を申し上げます⇒感謝を申し上げたいと存じます
と、どんどん敬意のレベルは上がっていきます。しかし、その分、ここで言いたい「感謝」の気持ちはぼけていきます。「ご協力に感謝します」と言えば率直でいいし、ちょっとぶっきらぼうと思ったら、「ご協力に心から感謝します」と言えばいい。それよりももっと普通の言い方で「都民のみなさま、ご協力ありがとうございます」と言えば、聞く人は自分に言われたことと思って耳を傾けるでしょう。「感謝を申し上げたいと存じます」と言われて、自分のことだと思う人がどれだけいるでしょう。
大型連休の自粛については、
「Stay Home、おうちにいましょう」
「Stay in Tokyo、東京にいましょう」
「Save Life、命を救いましょう」
と、流れるような口調で言っています。ここでなぜ英語が出てくるのでしょう。「家にいてください」「東京から出て行かないでください」「あなたと家族と親しい人々の命を守ってください」と、どうして言わないのでしょう。
そして、何よりも「おうちにいましょう」は困ります。これは子どもに対して丁寧に言うときの言い方です。「もう遅いからおうちに帰りましょうね」と、3,4歳の子どもにやさしく言いかけるときのことばです。小学校も高学年になったら、「今日は雨だから家にいなさい」と言って、「おうちにいなさい」とは言いません。まして、大人同士で夫が妻に「今晩はおうちに帰るのが遅いから」とも言わないし、妻が夫に「おうちにいて子供の面倒を見て」とも言いません。都知事から「おうちにいましょう」と言われると、変な気分になり、むずむずするという友人がいます。気持ち悪いと言う人もいます。子ども扱いのことばがそぐわないからです。自分に言われているとは思えないから、気分が悪くなるのです。ここは「家にいましょう」と言ってほしいです。
小池さんが言ったからかどうかわかりませんが、このところ「おうち」が頻繁に使われていて、これも気になります。子どもが「おうち学習」をするのはいいとしても、大の大人が「おうち料理」などと言っているのはやはり気持ち悪いです。
記者会見ではStay Home週間とも言っています。「在宅週間」ではどうしていけないのでしょうか。在宅なら、家にいることとすぐわかります。すぐわかることばで言ってほしい。
普通に話している日本語の文の中に英語が入ると、どうしても、そこに隙間が出来ます。その分、ピンと来なくなります。文の勢いが少し軽くなります。必死で訴えているとは思えなくなります。楽しく話し合ったり、会話に変化を持たせて楽しむときは、英語を入れるのも効果的かもしれません。ですが、今はそんな時ではありません、自粛、自粛と言って、それを求めるなら、それに合った話し方をしてください。
敬語はもともと他人との距離を取る表現です。敬語を使うと、本当の意味がぼけてしまう、きれいごとになる、自分のことと思えなくなる、のです。
英語やカタカナ語を使うと、かっこいい、新しそう、おしゃれな感じが出ます。
今、都知事に求められているのは、そうした平時のことばではありません。人々が、それを聞いて、そうだ、そうしなくては、と行動に移すようになる、明確なメッセージです。
友人が送ってくれたドイツのメルケルさんの演説のことばは、明確で力強いです。
「大企業・中小を問わず企業各社にとり、また小売店、飲食店、フリーランスの人たちにとり、状況はすでに非常に厳しくなっています。…政府は、経済的影響を緩和し、特に雇用を維持するため、あらゆる手段を尽くす考えであり、このことを私は皆さんにお約束します」
と、言い切っています。買い占めについても、
「商品が二度と手に入らないかのごとく買い占めに走るのは無意味であり、結局、他者への配慮に欠ける行為となります」
と、買い占めがなぜいけないかをはっきり言っています。そして、
「ここで、本日、私にとって最も重要な点についてお話しします。また自分一人がどう行動してもあまり関係ないだろう、などと一瞬たりとも考えないことです。関係のない人などいません。全員が当事者であり、私たち全員の努力が必要なのです」
とも言っています。こう言われたら自分のことと考えないわけにはいかなくなります。
小池さん、聞く人にズバリと切り込んでくるメルケルさんの話し方を見習ってください。
2020.05.01 Fri
カテゴリー:連続エッセイ / やはり気になることば