
2017年年間ベストセラー第1位となった『九十歳。何がめでたい』の刊行から4年が経ち、現在96歳、「論理を踏んづけて情念に生きて来た、もはや気息奄奄」の佐藤愛子さんが、現在47歳、「理屈の隘路にハマって夫婦関係や今後の人生に呻吟する」小島慶子さんと17通の手紙を交わした往復書簡集を刊行しました。
テーマは夫婦関係や子供のこと、マスメディアや人生のことなど多岐に渡ります。と書くと、至って真面目な本のようですが、二人の激烈で赤裸々なエピソードが次々と披露され、その有り余る熱量と文章のリズム、金言至言の数々に、きっと震えつつも次第に笑いもこみ上げて、何度も膝を叩いて愉快痛快な気分になること請け合いです。
本書について、佐藤さんは「人生論を書くつもりはなかったけれど、図らずも人生論になってしまいました」、小島さんは「佐藤さんが下さった最後のお手紙の一節に、私は不覚にも涙が出ました」と評しています。
さて、その内容ですが、小島さんが書いた第1通で明かしたのは、<夫が電話に出ないことに腹を立てて、百五十回もかけました>というエピソード。家族が暮らすオーストラリアと、仕事をする日本を往復する生活を送る小島さんは<夫はなぜ、私の孤独と不安にこうも無頓着なのでしょう>と佐藤さんに嘆きました。佐藤さんはその返事で<慶子さんは我慢のし過ぎです。愛し過ぎです。愛が深いから、求める愛も深くなるのです>と指摘した上で、こんな提案をします。<バケツの水をぶっかけてごらん>と(!)。その後、テーマは夫婦喧嘩の作法(ものすごく具体的で実践的です)から、現在の世の中、孤独、仕事、人生へと縦横に広がっていきます。
それにしてもなぜ佐藤さんと小島さんが往復書簡を、と思われるかたもいらっしゃるかもしれません。きっかけは、本書の巻末に収録した対談です。小島さんがどうしても佐藤さんに会いたいと熱望して実現した雑誌の対談の後、二人は私信を交わすようになりました。それを知り、そのお二人に雑誌連載として手紙を交わして欲しいと依頼したものです。したがって、読者を意識しながらも、手紙はどれも、年の離れた親しい友人ただ一人に打ち明けた悩みや愚痴、怒り、説教やアドバイスがなど、私信の空気感が濃厚に残り、きっと私信をこっそり覗き読んでいるような背徳感すら覚えることでしょう。つまり、よそ行きではない生々しさと親密さ、真剣さがあります。
最後に、タイトルに入っている「酢ダコ」について少し。酢ダコの好き嫌いは人それぞれで、別に誰が酢ダコを好きだろうが嫌いだろうがそれほど気にする人はいないでしょう。
イライラしたり落ち込んだり、自分を失いがちな日々が続いている中、その原因となっている人や出来事はもしかしたら「酢ダコ」かもしれない。そんなことを思うと、本当に自分が大切にするべきこと、譲れないこと、そうでもないことが見えてくるような気がします。分かりづらい文章になりましたが、ぜひ本書で酢ダコの下りを読んでみて下さい。そして自分の「酢ダコ」を見つけて頂けましたら担当者としてこんなに嬉しいことはありません。
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