2010.08.24 Tue
大学時代からの友だちの産婦人科医が長年勤めてきた病院をやめた。産婦人科の医療環境の悪化を報道する記事を読みながら、多くを語らなかった友達の事情を慮る。命を預かる仕事なんだからと己に厳しく、他人にも厳しかったことで、現場で軋轢を生んだとも語っていた。現職医師でありながら多作の小説家、海堂尊のこの小説は、産婦人科医療が急激に環境悪化を起こしたその源を厚生労働省の施策の失敗に求め、それを大いに批判しつつ、もう一方で先端生殖医療を背景として、女性医師の母親になるまでを描き、かつ今後の産婦人科医療のある種の理想として、職住接近型での母親共同体に基づく24時間体制の産婦人科医院のモデルを描いている。(本人がそのつもりだったかどうかは、ここでは問題にしない。)
卵子の母、生みの母、戸籍上の母、精子の父、戸籍上の父・・・体外受精が可能になっている状況では、母も父も一人とは限らない・・・そしてまた、父になりたいと願い、母になりたいと願うその人の希望通りに生殖医療技術が使われるとは限らない可能性があることに、私たちはこの本を読みながら気づかざるを得ない。
親になりたい人々の福音といわれるその技術を実行するのは、親になりたい人その人ではない。利害や希望が異なる人々のはざまで、新しい生命が生まれるという新しい段階にわれわれは存在しているのだという厳然とした事実を、私たちは見なかったことにはもはやできないだろう。
それでも生まれてきた子どもたちが愛されて育っていきそうな予感のなかで、物語が終わるのが、希望といえるのではないか。(momiji)
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