ZAITENこと『財界展望』が8月号特集で「さらば!安倍晋三」という特集をしている。発言した「有識者12人」のなかには島田雅彦、森達也、雨宮処凜、浜矩子、佐高信など。上野にも依頼が来たので、「このテーマなら喜んで」と寄稿した。以下は編集部からの許可を得て転載する。特集を読みたいひとは、雑誌を求めてほしい。

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愚かな宰相を持った不運に泣く
     上野千鶴子(社会学者)
 戦後の歴代宰相のなかでも、とりたてて識見も人望もあるとは思えない人物が、在任7年半超という、最長記録をうちたてるとは、にわかには信じがたい。いかなる歴史の偶然が、この安倍晋三という男には有利に働いたのだろうか。たび重なる失政や暴言、不遜な態度や強引な政治手法にもかかわらず、支持率は堅調、スタート時は7割近く、低落したといっても4割台を底堅く維持してきた秘密は、なんだろうか。あいにくとわたしの周辺には安倍支持者が皆無に近いので、いったいどんな人々が岩盤支持層なのかが、見えない。世論調査という名の凡庸な選択肢のなかで、不支持層は「人柄が信頼できない」という理由を第一に挙げるのに、支持層には「他の内閣より良さそう」という理由が多い。この首相を良しとしているわけではない、だが「他に誰が?」というのが支持者の多くの理由だろう。
 事実、安倍首相は敵失によって多くを得てきた。最大の幸運は3.11原発事故のときに下野していたことだろう。誰がやっても批判を浴びる危機対策で、国策で原発政策を推進した側にいながら、攻める側に立った。野田首相が大見得を切った解散博打で自滅した後、政権に復帰した。それ以前から、政権与党だった民主党は四分五裂をくり返し、野党に転落してからも離合集散し、いまでは党名さえ残っていない。
 自民党内にも「他に誰が?」というほど、人材はいないのか。政権復帰総選挙前の総裁選で、かつて政権を投げ出し政界復帰はありえないと思われていた安倍が立候補したこと自体が驚きだったが、決戦投票で勝ったことも驚きだった。安倍一強の官邸支配を強めたのが、小泉政権が使い倒した小選挙区制と政党交付金だったのは皮肉だ。
 それ以前から「慰安婦」問題をめぐるNHK番組改竄に介入し、自民党の「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査」プロジェクトチームの座長を務めた安倍が権力のトップに就いたとき、わたしたちジェンダー研究者の危機感は頂点に達した。この男のいう「女性活躍」は、信用ならない。
 その後、立憲政治のルールを破り、憲法を解釈改憲し、沖縄の民意をふみにじり、富裕層に有利な政策を誘導し、非正規雇用を増やし、お友だち人事を強行し、忖度政治をはびこらせ、国会討論を壊れたテープレコーダーのような無意味な時間かせぎに堕した責任は、あげてこの男にある。国際関係では対米追従を深め、日中、日韓関係を悪化させ、「慰安婦」問題解決をこじらせ、国内で民族差別とヘイトスピーチを助長した。復興支援の名の下に莫大な公共事業投資をし、コロナ禍対策で再び国債を限度無しに発行し、日本を世界でも有数の借金大国にした。このツケはいったい誰が支払うのだろう。
 2015年安保法制の成立で立憲政治が破壊されるときに、「アベ政治を許さない」の標語を澤地久枝の懇請によって揮毫したのは、金子兜太だった。その標語が2020年の今日も有効であるとは、その当時は夢にも思わなかった。
 コロナ禍は各国の政治的リーダーシップの違いを鮮明に浮かび上がらせた。日本国民は愚かなリーダーを持った不運を噛みしめている。
 これが愚民の身の丈に合った政治的リーダーだというのだろうか?…もうたくさんだ、終わりにしたい。
(『財界展望』2020年8月号、財界展望社)