もっぱらTwitterを舞台に展開されてきた、いわゆる「TERF」をめぐる論争に関して、私はこれまであえて静観を貫いてきました。
 いわゆるMTFトランスの私が代表を務める当事務所では、私を含め4名の女性弁護士が在籍しており、これまで女性被害者のDVや性暴力案件を多数解決してきました。その中には当然ながら、私がMTFであるということも知った上で、あえて依頼したいというシスジェンダー女性も少なくありません。
 つまり、Twitter上での凄惨な対立状況とは全く違う現実がここにある中で、わざわざTwitterの世界で繰り広げられている争いに関与したいとは思えなかったのです。

 しかし、今、状況があまりにも錯綜している中で、今回はしばしば論争の種になるMTFトランスの公衆浴場利用の問題について、実務的観点から解説を加えたいと思います。
 なお、いわゆる「TERF」を巡る論争は多岐に渡っていますが、あくまで本投稿は、本投稿で取り上げたテーマについて法律実務家としての見解を述べるものであり、性質の異なる他の論点や、それ以上の哲学的なテーマについてまで言及するものでないこと、また私の見解は「TERF」を巡る特定の主義や団体を代表・代弁したり、当然ながら私以外の他人の言動についてまで責任を負わされるものでないことは、ご理解ください。また、MTFのうち、いわゆる性同一性障害については近年様々な動向がありますが、そのことをここで詳しく論ずる趣旨ではないので、「MTFトランス」又は単に「MTF」と表記することにします。
 また、「TERF」という呼称それ自体もまた、使用する者によって具体的範囲がまちまちであり、場合によっては不要な対立を煽るのではないかと懸念するため、ここでは便宜的に「」付きで「TERF」と表記しています。

 さて、前置きが長くなりました。
 まず公衆浴場の問題について、
 「男性器は付いてるけど、女性用浴場に入りたい、入らせろ」
そのように主張しているMTFがどれだけいるのでしょうか?

 いないとは言いません。いやむしろ、確実にいるでしょう。極端な主張をおこなう個人というものは、当該主張の是非はともかく、どのような属性の集団の中にも必ずいるからです。
 しかし重要なポイントは、いるかいないかではなく、実際問題として、それがどれだけの社会的影響力を持っているか、なのです。

 TwitterというSNSの性質上、そのような主張が悪目立ちしている状況があるのかもしれません。また、どんな人であっても公衆浴場を使えるよう、設備の向上や工夫を考えていくことは必要です。
 しかし、少なくとも今の日本では、上記のようなそこまで尖った主張が、何らかの社会的影響力を持ち得るには到底至っていませんし、またMTFトランス及びその支援者の間でも一般的な見解とは思えません。もちろん、公衆浴場で広い風呂に入りたいという気持ちを持つことはその人の自由ですが、未オペの状態でそれを実践すれば、当人自身にとってもトラブルが生じるリスクが高いことは、大抵の当事者は分かっているからです。
 そのような状況下において、上記のような例外的事例を過剰に重大視し、恐怖を煽ることは、特にその対象が社会的マイノリティである場合、当該マイノリティへの強烈な排除や抑圧の効果をもたらします。

 このことは例えば、外国人犯罪が過剰に危険視されたり、あるいは生活保護の不正受給が過剰にバッシングされる状況と似ています。犯罪にしろ不正受給にしろ、その行為者本人においては責任を負うべきことです。しかし、そのような例外的事例が、「外国人」や「生活保護受給者」といった"大きなくくり"で論じられるとき、そこで一緒くたに論じられる当事者は、いわば狙いの定まらない散弾銃の流れ弾に当てられたように、不要な血を流すことになるのです。
 Twitterで繰り広げられている応酬は、いわば散弾銃の撃ち合いのような様相を呈しています。向けるべき対象が個別具体的に特定されているうちはともかく、それが次第に"大きなくくり"へと向けて散弾銃がばらまかれ、そしてその流れ弾は、おそらく意図しないであろうところにまで飛散しています。
 私個人としても、上記のような主張をしたこともなければ、むしろ後述するように、法律家として支持できるものでもありません。しかし、トランス排除の文脈に乗って不用意にばら蒔かれたその流れ弾は、至って穏当に生活しているだけの当事者、つまりみなさんの隣人にも、確実に届いているのです。

 さて、その上で、MTFが女性用公衆浴場を使えるかどうかは、私が把握している限り、公衆浴場組合では戸籍変更の有無にかかわらず、男性器の有無、すなわち性別適合手術をしているかどうかを基準としているようです。不特定多数が他人に裸体を晒す場の管理者としては、事の性質上やむを得ない判断であり、また合理的な見解と思われます。
 そして、そのことを前提とすると、冒頭のような、
 「男性器は付いてるけど、女性用浴場に入りたい、入らせろ」
という主張を実践した場合、何らかの合意を得ているなど特別な事情のない限り、建造物侵入罪の被疑事実で逮捕されるか、少なくとも直ちに立ち入りを拒否される可能性が極めて高いといえます。もし私がそのような法律相談を受けたとしたら、「やめときなさい」と言わざるを得ません。

 つまり、みなさんが懸念するまでもなく、現行法の解釈でも、既に違法なものとして運用されているのです。実務上、自ずから決着が付いており、そもそも論争の実益が薄い事柄なのです。

 落ち着いてください。
 そして、こういった極端な事象を元に、MTFトランスへの恐怖を募らせるのをやめてください。

(後編に続きます)