コロナ禍に現れた「自粛警察」、過激化するソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上の中傷、急増するローンウルフ(一匹オオカミ)による無差別殺傷事件――。こうした攻撃者は実際に会うと拍子抜けするほど「普通の人」の顔をしている。だが自らの「正義」を語り始めるとその横顔は歪み始める。
彼らに見られるのは自分の「正しさ」を確信した攻撃性だ。「自分は絶対に正しい」と思い込むと、人間の凶暴性が牙をむく。
人間は誰しも攻撃性を持つ。本書は「普通の人」がさまざまな経緯を経て過激化へと突き進むにいたるその道のりを、いわば体系的に地図化しようという試みだ。過激性はどこから生まれ、どのように育つのか。そうしたプロセスを可能な限り「見える化」することで、個々人、あるいはその愛する人が過激化プロセスにあるのかどうか、あるとすればどの位置にいるのかを認識し、暗くて深い過激化トンネルへと落ちるのを防ぐ、もしくは落ちたとしてもそこから引き返すために手がかりとなりそうな情報をまとめている。
2017年夏から2年間、会社を休職してイスラエルの大学院で研究生活に入った。心理学を専門とするユダヤ人の教授らが口にしたのは、「テロリストの心の中を知りたければ、まず私たち自身の心を見つめることだ」という言葉だった。彼らは、あらゆる人間がその攻撃性をエスカレートさせテロリストにすらなりうると断言した。
過激化やテロリズムの心理学的研究で世界を牽引してきたのはユダヤ人だ。ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)よりずっと以前から現在にいたるまで脈々と続く反ユダヤの世界的潮流の中で、彼らは「普通の人」がいかにその思考を過激化させ、自分たちと異なる集団を排斥し、暴力をもって排除しようとするかを身をもって経験し、その心理メカニズムについての研究を重ねてきた。
「加害者」の過激化メカニズムに関する研究が緒に就いたのは2000年代前半以降だ。ローンウルフによるテロが世界的に拡大し、個人がどのように「自己過激化(self-radicalization)」するのかという心理メカニズムの解明が喫緊の課題となった。
歴史の浅いこの研究分野で、メカニズムを十分に解き明かす文献はまだほとんどない。日本の状況や課題に鑑がみても、過激化プロセスの「地図」を作り多くの人と情報共有することは大きな意義があると考えた。
2020.09.08 Tue
カテゴリー:著者・編集者からの紹介
タグ:本