本書は今から半世紀以上前に起きた強盗殺人放火事件で弟が逮捕され、無実を訴えて闘い続けてきた姉・袴田ひで子さんの物語を漫画にしたものである。
2020年7月にNHKETV特集で「雪冤・ひで子と早智子の歳月」が放送された。狭山事件の石川一雄さんの妻・早智子さんと袴田事件の袴田巌さんの姉・ひで子さんの側から二人の闘いを追ったもの。両事件とも五十年を超えている。その中でひで子さんの「ハッハッハッ」という笑い声と「50年闘ってもまだ勝てない。そんなら100年闘います。48年獄中にいたイワオがここにいるのは夢のよう。うれしくて笑いっ放しだよ」という言葉に元気をもらったという人がたくさんいたと聞く。
狭山事件とは、1963年埼玉県の女子高校生が殺害され、犯人を取り逃がした警察が被差別部落出身の石川一雄さんを逮捕し半年で死刑判決。1974年に無期懲役.1994年に仮出所を経て、現在57年目の再審請求の闘いに入っている。
袴田事件とは、1966年静岡県旧清水市の味噌会社専務一家4人が焼死体で発見され、従業員の袴田さんを逮捕1968年死刑判決,1980年死刑確定になる。2004年捜査機関に証拠捏造の疑いがあるとして静岡地裁が再審開始を決定、即出所となったが2018年東京高裁が再審開始を取り消した。しかし釈放はそのままという異例の形のまま現在、最高裁に再審請求をおこなっている。
本書の企画編集をした猪野待子さんが本を出すことになった経緯がまた面白い。ひで子さんにしばしば会いに来る報道記者達がひで子さんに会う度に元気になっていく。また猪野さんが聞くひで子さんのふだんの話も面白い。そうなら生きるのに疲れてしまった人達にひで子さんの生きてきた姿を子供にも高齢者にもわかる形で知らせたらどうかという思いから始まったという。この視点は見事に当たった。認知症を患っている私の友人が3分と新聞を読めなくなっていたのだが、本書を30分かけて読みきり、至極満足気に「おもしろかった。良く分かった」と言ったのだ。これにはびっくり。まんがと繰り返される説明が的確であったことを物語る。
本書は袴田事件についてわかることが主眼に置かれているが、ひで子さんが主人公になったことで事件を知らない「一般の人」によりわかりやすくなっている。また、今87歳のひで子さんが当時としては異色な自立した生き方をしたキャリアウーマンであったことも魅力のひとつになっている。15歳で税務署に就職、後に税理士事務所に転職、事件後は食品会社の経理の仕事につき、その後81歳まで弁護士事務所で働いている。そして自分の生活費、裁判費用の捻出のため61歳でマンションも建てた。
ひで子さんが声を出して笑ったのはここ6年、巌さんが釈放されてからだとひで子さんと知り合って20年になる石川早智子さんはいう。全身の氷が解けるように解放された一瞬が自分にもあったから良くわかるという。私は2011年石川夫妻と原発反対集会で出会い、お二人の人柄に惹かれ、今親戚のようなお付き合いをさせて頂いている。その過程でひで子さんを知るようになった。
大きな声で心から笑うには心が自由で安心していられる状況にあることが必要だと本書は伝えている。巌さんが傍らにいて自由であることを安心して見守っていられる状況であるからひで子さんは笑うのだ。「私の人生はこれからなんで、まんがだって第2弾がでますので楽しみにして下さい」と出版前の記者会見で語っていた。
私も巖さんが無罪になり、心の底から大声で笑うひで子さんが描かれる第二弾を楽しみにしている。
◆鳥口恵(とりぐち めぐみ) 子供支援塾ネット会員
◆書誌情報
書名 :デコちゃんが行く
出版社:静岡新聞社
企画・編集:いの まち子
漫画 :たたら なおき
刊行日:2020/05/01
定価 :1500円(税込)