
今回は、オーストラリアのケィティ・アボット(Katy Abbott )をお送りします。1971年メルボルンに生まれ、メルボルンを拠点にする作曲家です。ネット上でピアノ曲をお聞ききしたのをきっかけに、直接連絡を取りました。お父様方は東欧のご出身とのこと。現在、作曲活動のほか、メルボルン大学付属メルボルン音楽院作曲科で教えています。
幼少から音楽が好きで、学校ではバイオリン、ピアノ、ドラム、様々な楽器に接する機会があり、合唱にも参加していました。何より歌うことが好きで、早くから音楽を続けていたなら、ポップスやジャズの作品を書いて歌っていたかもしれない、でも、美声じゃなかったし、特に続かなかった。学校から帰ると、部屋の窓から外を眺め、自分の世界に浸るのが好きな、シャイな子どもだったそうです。
実際に音楽家として生きることや作曲への意識を持ったのは、ずっと後の27~28歳頃でした。若くして結婚しましたが、まだ子供はいなくて、学校の音楽教員をしていました。ある年、4年に1度開かれる国際合唱シンポジウムが、オーストラリアはシドニーの開催だったことから参加し、そこのプログラムで合唱指揮の指導も経験しました。その際、”私は作曲家なんだわ”と、突然ひらめきが降りて来たそうです。家に帰り夫に伝え、実家のご両親にも話したら、一同から賛同を得て、作曲家への道が始まりました。
まず、メルボルン大学の作曲科大学院で修士を取り、引き続きPh.D、博士課程に進み、2008年に終了しました。指導教員は主任教授を務めるブレントン・ブロードストック教授(Prof. Brenton Broadstock)他2名。ブロードストック教授は、2008年夏のオリンピック(北京大会)開会式で作品が起用された、オーストラリアを代表する現代作曲家です。この教授に大きな影響を受けたそうです。
加えて、ケイティの作曲家としての学びもキャリアも、絶えず家庭生活と共にありました。お子さんは双子と、そのすぐ後にもう1人お子さんを産みました。双子のお子さんたちは、今年(2020年)17歳を迎えたそうで、3人とも男の子です。作曲家としてのFaceBookに新しい仕事場の写真が掲載されており、「やっと台所で仕事をする生活から、この部屋でじっくりできる」とありました。また、ネット上の動画インタビューで、音楽家の前に”1人の人間”として生きていると常に表現なさっているのが印象的であり、筆者にはそれこそが彼女の作品に通底するメッセージなのではないかと感じられました。


アメリカはヴァージニア州に拠点を置く女性室内楽グループが、女性音楽家を招いたリモート・インタビュー・シリーズで、ケィティと様々な会話をしています(出典を参照)。「今までのキャリアは、どう築いてきましたか?」という質問に、現在は作品を書くと次にお声がかかり、また次につながり、それは雪玉がだんだんと膨らむように広がったとのことです。
ただ、27歳頃に作曲家として活動を始めた自分は、キャリアを築くには遅いスタートだったことから、いつも不安で自信も持てなくて、様々な負の気持ちが去来したそうです。一つ一つの気持ちを整理し前向きに生きて行くに当たって、影響を受けた数々の言葉やエピソードをお話ししています。
20年ほど前にイタリアでミケランジェロの彫刻、「囚人シリーズ」に心を奪われました。大理石の塊が見事なまでの作品に姿を変え、それが見る人の心を奪う。何もないところから創作する――作曲もこれと同じなんじゃないかと、深く思ったそうです。ここから、作品「Making Angels」が生まれます。 加えて、モンティ・パイソンのメンバー、ジョン・クリーズのポッドキャストも良く聞くそうです。彼の風刺の効いたことばに勇気をもらうことも多いとのことです。
彼女の代表的な作品に、Hidden thoughts 1 (2017年)と 2 (2020年)があります。邦訳は「秘めた思い」でしょうか。きっかけは2003年の最初の出産時、新米ママ向けの公共プログラムで、同じ週に出産したママたちと週1度のグループミーティングに参加したことです。授乳の仕方から、出産後の気持ちをお互いに話したりと、連帯は心強かったそうです。ある週、アメリカ出身のママが、「今週はずっと悲しかった。私、生まれた子どもに好かれていないと思うんです」と心情を吐露しました。出産を終えたばかりの、本来だったら喜びにあふれているはずの時期になんてことを? ケィテイはその言葉に心臓がばくばくするほどの衝撃を受け、でもこんなに正直に気持ちを吐露できるなんて、なんて勇敢な人なんだろうと、様々な意味で深く心に残ったそうです。その人は、今では親友の1人だそうです。
また、当時のオースラリアでは、DVによりクリケット場で11歳の息子を殺した父親の事件が、非常に痛ましく衝撃的だったことで、日日メディアを賑わしました。なんでもなく通りをすれ違っている人々の、心の内など表面では全くわからないと、この事件を通してしみじみ思ったことも、作曲するきっかけになりました。またこの頃から、ちょうど自身の結婚生活に困難を感じるようになり、その後離婚に至りました。
Hidden thoughts 1は、合唱と12人編成のSyzygy アンサンブルによって初演。オーストラリア・アートカウンシルの委嘱作品、そして2019年Paul Lowin 賞を受賞しました。作品作りに当たって、オーストラリア出身の女性人気漫画家、カズ・クック(Kaz Cooke) とともに女性を対象にした匿名のアンケートを募り、その回答にあったことばの中から歌詞を起用しました。カズ・クックは、もともと少女や女性向け、すべて女性を対象にした漫画や著作を数多く出版しており、オーストラリアで彼女を知らない人はいないほど、作品も人柄も人気だそうです。アンケートは今でもネット上に残っていましたので、回答をしながら最後まで覗きますと、あなたはどんなことを言うのを恐れていますか? 秘めた思い、もしくはそのような感情はありますか? もっと勇気を持つために、どんなことを学びましたか?などと問いかけていました。


その他の作品も、室内楽、オーケストラ、ソロ楽器と多岐にわたります。受賞歴も多数です。邦訳がありませんので、原語のタイトルのままですが、オーケストラ作品では、STARS THAT SPLIT THE NIGHT(2017)、INTRODUCED SPECIES (2014)、室内楽ではHIDDEN THOUGHTS のほか、ASPECTS OF DREAMING II(2018)、EARH LULLABY(2017)、ソロ楽器の作品は、VALENTINE(2011)、MULTI SONICS(2010)、BASSON 5(2008) 他。
作品演奏は”Glisten” (グリスン)、2013年作。意味はキラキラ輝く/光る。ご自身の解説によれば、オーシャンスプレイ――ゆらゆらした波に、光がキラキラ差し込んでいる光景をイメージしているとのこと。また、イタリアの作曲家ドミニコ・スカルラッティ(1685~1757)のソナタ形式と所要時間を踏襲しています。
編集部追記:10月15日の朝日新聞夕刊に「女性作曲家たちの才能に光を」と題して、石本さんのインタビュー記事が掲載されました。以下からお読みになれます。
https://www.asahi.com/articles/ASNBG6S38N9MPTFC002.html
出典 References
katy Abbott.com http://www.katyabbott.com
彼女のホームページで、作品に関する情報が網羅されています。作品音源もビデオも充実しています。
Australia Music Center オーストラリアの作曲家に関する資料センター
https://www.australianmusiccentre.com.au
Alma Ensemble: Summer Interview series, Katy Abbott
https://www.youtube.com/watch?v=FBBWg59Mlg
漫画家カズ・クック, Kaz Cooke のホームページ
https://www.kazcooke.com.au
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