日本は「右傾化」したのか。この疑問に、簡単な回答をするのはむずかしい。

 一般世論レベルでいえば、極端な右傾化という傾向は見出しがたい。たしかに、日米安保条約への賛否を「保守化」の指標とみなせば、1970年前後よりも「保守化」しているとはいえる。

 しかし夫婦別姓(氏)や同性婚への賛否などでは、世論調査の結果は年を追うごとに賛成が増えている。朝日新聞社と東京大学の共同調査では、2017年から20年に、夫婦別姓に「賛成」「どちらかといえば賛成」が38%から57%に、同性婚は同じく32%から46%に増加した。自民党支持層に限定しても、20年に夫婦別姓に賛成が54%・中立が25%・反対が21%、同性婚に賛成が41%・中立が30%・反対が29%だ(「賛成 自民支持層でも浸透」『朝日新聞』2020年5月29日朝刊)。

 だがその一方、こうした世論レベルの動向と、議員レベルとの乖離が著しくなっている。同じ調査で、2019年参院選の自民党候補は、夫婦別姓に賛成が29%・中立が39%・反対が32%、同性婚に賛成が24%・中立が40%・反対が36%だった。

 こうした乖離傾向は、ネット上の言論にもいえる。一般的な「右傾化」の印象とは裏腹に、ネット上で右派的な書き込みをする人はネットユーザーの1%前後である。しかも、この比率は2007年から17年にかけて、ほとんど増加していない(辻大介・斎藤僚介「ネットは日本社会に排外主義を広げるか」『電気通信普及財団研究調査助成 成果報告書』第33号、2018年)。

 このようにみてくると、社会のどこに注目するかで、「右傾化」の論じ方は変わらざるを得ない。世論レベル、メディアや組織のレベル、政治のレベルにおける「右傾化」は、それぞれを対象にした調査にもとづいて、それぞれに論じる必要がある。そして、それらを総合し、相互の連関を確かめることによって、はじめて社会全体の「右傾化」を論じることができる。

 2020年10月に出版された小熊英二・樋口直人の共編による『日本は「右傾化」したのか』(慶応義塾大学出版会)は、このような視点をもとに作られた。現代と過去の世論調査分析からはじまり、新聞やテレビなど伝統的メディア、ネットメディア、草の根保守運動、宗教右派などメディアや組織の調査、そして政党・地方政治・政策過程など政治レベルの分析を、3部10章で構成した。執筆者も、小熊と樋口のほか、それぞれの分野の専門家たちが名を連ねている。

 現代日本を把握するために、ご一読いただきたい。

◆書誌データ
書名 :日本は「右傾化」したのか
編者名:小熊英二・樋口直人(共編)
著者名:小熊英二・樋口直人・松谷満・菅原琢・林香里・田中瑛・津田大介・中北浩爾・大和田悠太・砂原庸介・砂原庸介・西村翼・ブフ・アレクサンダー
頁数 :376頁
出版社:慶應義塾大学出版会
刊行日:2020年10月15日
定価 :2200円(税込)