日本の女性の在り方を通史的に見る場合に、一つの問題性が明らかに確認される。
 それは日本の歴史を構成する記録類の中に、いわば公的な記録として残されたものが少なく、その少ない女性についての記録も、その多くは男性の筆によって記録されていることである。記録する、ものを書き残すということが、「男文化」の象徴である漢字によってなされており、それが公的なものとして認められていたのに対して、女性が記したものはほとんどが仮名によるものであり、それは私的なものとみなされていたのであった。男性の手に成る漢文で書かれた記述の正当性、確かさに対して、女性の手になるものは一段低いものとみなされていたのである。
 さらに、男性の手に成る女性についての言説は、儒教、仏教という男性文化の中軸を形成していた外来思想と、天皇を神格化した神道との合成されたものであり、そのいづれにも「男尊女卑」の理念が貫かれており、歴史的記録とはほど遠い「語り物」的世界であり、多くの場合、女性は男性によって語られるという形で、その姿を留めているのである。そうした中で女性の歴史的位置づけは低くみなされていたのであった。女性史は物語られた歴史でしかなかったのである。それらは当に「男語り」によって、歴史的・社会的に形成されたものに他ならない。
 本書に於いて「Historia」という概念を標題に入れたのは、その辺りを明確にしておく必要を認めたからであった。本書の内容を成す『古事記』、『日本書紀』の時代から、明治、大正時代まで伝えられ形成されてきた「女性像」、「女性論」は、当にその多くが「Historia」に他ならないのである。しかし、それらを「物語だから」と無視するのではなく、そこから再創造すること、「Historia」を「History」に書き直すこと、そうした方向性が示せればと思ってのことだった。本書を読まれた一女性読者から、「女って何だか解らなく解らなくなりました」との感想を寄せられたが、本書を最も的確にお読み頂いたと思っている。
                                    海老井英次(九州大学名誉教授)

◆書誌データ
書名 :日本女性にまつわるHistoria ―「男尊女卑」の弊風の中で、女性達は如何に戦い、生きたか ―
著者名:海老井英次
頁数 :614頁
出版社:花書院
刊行日:2020/07/10
定価 :6160円(税込)