本書は、2015年にアメリカで同性婚が全米レベルで実現されるまでに、どのような紆余曲折を経たのかを法律学の視点も加えて描いた本である。同性婚(same-sex marriage)あるいは婚姻の平等(marriage equality)を認めるか否かという問題は、アメリカの文化的価値観を二分する文化戦争(culture war)の一大争点となってきた。その背景には、1950年代からはじまる同性愛者の権利運動がある。アメリカ合衆国では建国当初から同性愛行為を罰するソドミー法が存在したため、同性愛者は性的逸脱者・潜在的犯罪者として過酷な差別を受けてきた。ゲイバーへの警察の手入れに同性愛者らが抵抗した1969年のストーンウォール暴動をきっかけに、同性愛者の権利運動が本格化する。この権利運動は、1960年代の公民権運動や1970年代末に広がる第二波フェミニズムの影響を受けている。

 1980年代のエイズ・パニックとレズビアン・マザーブームの中で自らの関係性が法的に認められないことを痛感した経験から、1990年代以降、同性愛者の権利運動では同性婚の実現が主目標になっていく。一方、キリスト教国家アメリカには福音派(evangelical)と呼ばれる保守的な価値観を持つ人々が数千万人いる。福音派は共和党の大票田となり、保守的な政策を後押しした。1996年に共和党優位の連邦議会が行ったのが、福祉予算削減を目的とした福祉改革と、婚姻防衛法(defense of marriage act,以下DOMA)の制定である。この両政策は福音派が重視する「家族の価値」を如実に反映している。「家族の価値」とは、男女の夫婦とその子からなる家族こそが伝統的価値を有し、社会で尊重されるべきであるとするイデオロギータームである。前者の福祉改革は異性婚からなる家族の奨励を目的に掲げ、後者のDOMAは「婚姻は男女間の結びつき」と定義して、連邦レベルでの同性婚の実現を阻止する内容であった。連邦法上婚姻に付与される権利利益は1000を超えるが、2013年にDOMAが連邦最高裁で違憲とされるまで、同性カップルはこれらの権利利益から排除された。

2015年、連邦最高裁は全米レベルでの同性婚を認める。伝統的な婚姻の価値を称賛する形で、婚姻する権利(right to marry)が憲法上の基本的権利であると認めたのだった。

 日本でも昨今、同性婚を認めるか否かが取りざたされている。憲法改正なくとも同性婚は可能であるというのが、現在の憲法学説の主流である。アメリカで同性婚が実現するまでの経緯の詳細や、日本の状況については本書をお読みいただければ幸いである。