
本書は、投稿誌『わいふ』(2006年に『Wife』に変更)の活動に着目し、高度成長期以降の日本社会で、主婦と呼ばれる女性たちに主婦というあり方を相対化するメッセージがいかに伝えられたかを明らかにすることで、戦後フェミニズム運動に新たな視点を示しました。
『わいふ』は興味深いミニコミです。このWANのサイトの「ミニコミ図書館」でも、創刊から1975年までに発行された一部の号と、1976年から2003年までのほぼ全号を読むことができます。同誌は、つながりを求める20代の2人の主婦により、1963年に年間購読制の投稿誌として宝塚市で創刊され、その後編集者の交代を機に活動拠点を東京に移し、90年代前半には全国に4000人を超える会員購読者を擁して最盛期を迎え、現在もなお発行され続けています。
同誌がなぜ興味深いかといえば、70年代から80年代にかけて多数創刊されたフェミニズムに根差したミニコミとは一線を画し、主婦の生活記録誌としてありながらも、同誌は深く静かにフェミニズムのメッセージが伝わる回路のひとつになりえていたからです。実際に読んでみると、同誌にはフェミニズム親和的な投稿は少なく、主婦の日常から書き起こされた身辺雑記という印象で、主婦というあり方を批判する投稿があると必ず反論が載るようなミニコミであることがわかります。
フェミニズムは固定的なジェンダー役割を問題視し、この問題が集約された家庭役割を担う主婦というあり方には批判的ですから、実態もアイデンティティも主婦であり続ける女性たちにとって、フェミニズムの言説は心をざわつかせるものでもあったのです。読者層にそうした主婦が多数を占める『わいふ』において、主婦を自明視せずこれを相対化しようとするメッセージはどう伝えられたのでしょうか。本書は、同誌各号はもとより、編集部・会員へのインタビュー調査と会員への質問紙調査から得られたデータ、提供された内部資料、同誌編集部出版の書籍、同誌をとりあげた新聞記事等多岐にわたる資料を分析し、メッセージがいかに伝えられたのかを編集部と会員女性の視点から描いています。
本書は2019年に東京女子大学から博士号を授与された論文に加筆修正したものです。無職の妻・母として家事・育児を担う主婦という女性のあり方、これを社会が当然視し、かつ女性の多くも望ましいライフスタイルとして受け入れていた高度経済成長期から、主婦ライフスタイルは女性のあり方として問われるものへと変化しました。こうした変化はその後の日本社会にも多様な変化を促して現在に至ります。私はこの動きをめぐって、主婦という社会的立場の女性たちの思いや実践をミクロレベルでみていこうと考えました。その点で、創刊から60年になろうとしている『わいふ』誌は、この間の女性たちの実態を草の根レベルで知ることのできる格好の素材だったといえます。
目次の章タイトルを以下に示します。詳細は勁草書房のウェブページで確認することが可能です。
序 章 研究目的と研究枠組
第1章 主婦の投稿誌というメディア――研究対象としての『わいふ/Wife』の位置づけ
第2章 『わいふ』の誕生――草創期のもった意味
第3章 主婦を問い始めた女性たち――助走期(1976-1979年)の人・活動・組織
第4章 「養われる主婦」という問い――助走期(1976-1979年)の誌面・内容・言説
第5章 飛躍的発展の要因とその時代背景――拡大期(1980-1994年)の人・活動・組織
第6章 「主婦の逆襲」と投稿の質的変化――拡大期(1980-1994年)の誌面・内容・言説
第7章 多角化する活動の意味――成熟期(1995-2006年)の人・活動・組織
第8章 多様化する経験表象――成熟期(1995-2006年)の誌面・内容・言説
第9章 会員にとっての『わいふ』――「主婦を問う」態度はいかに伝わったか
終 章 主婦を問い直した女性たちのフェミニズム運動
◆書誌情報
書 名 『主婦を問い直した女性たち――投稿誌『わいふ/Wife』の軌跡にみる戦後フェミニズム運動』
著者名 池松玲子
出版社 勁草書房
発行日 2020年12月20日
定 価 7,700円(税込み)
◆池松 玲子(いけまつ れいこ)
1953年生まれ。東京女子大学大学院博士後期課程人間科学研究科生涯人間科学専攻修了。博士(生涯人間科学)。
現在:東京女子大学特任研究員。
主論文:「雑誌『クロワッサン』が描いた〈女性の自立〉と読者の意識」『国際ジェンダー学会誌』Vol.11、2013。
「主婦と近代的個人――投稿誌『わいふ』における主婦論争の分析」『東京女子大学社会学年報』第6号、2018。
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