★降りそそぐ矢弾
 どんな物事にも「ここらへんで引き返しなさい」という線はある。
 この本は、その停止線を決然と超えていった12人の女たちのルポルタージュである。
 ある人は踊ることで、ある人は芝居を作ることで、またある人は服を作ることで。

「停止線」は世間が決めるが、心の中にその線を引くのは自分である。
 だから、線を前に怯む自分、言い訳する自分、合理化する自分を自覚せざるを得ない。変革の思想は自己嫌悪と紙一重だ。線を超えるのは怖い。この12人の女性たちは、どのようにして超えていったのだろうか。
 著者はあとがきで、取り上げた12人について「誰もが規範や常識や限界を叩き潰しながら、圧倒的に「自分」を生きている」と書く。
 著者島﨑今日子が描く彼女たちの闘いぶりは、引き締まった無駄のない文章と相まって、魂が震えるようなかっこよさだ。どの人も、降りそそぐ矢弾をかいくぐって、前へ前へと突き進んでいく。

★団塊の世代の共感
 ラインナップされた12人の中に「重信房子」という名前を見つけて「おっ」と思うのは団塊の世代の証拠(←自分)だが、彼女が学生運動に入っていく経緯、アラブへ旅立つ前後の事情などなど、今回初めてつぶさに知った。進んでリーダーの役割を担ったというより、求められる役割から――マドンナとして担がれることからさえ――逃げなかったという方が当たっていた。
 死んで詫びろという世間の声に、彼女の父親は「二十歳を過ぎた娘が自分の考えで行動していることを親がいちいち謝らんといかんのでしょうか。それは娘に対しても失礼です」と答えたという。これ以上にかっこいい親の言葉を、私は知らない。
 パレスチナで行き詰った彼女が、その時はじめてマルクス・レーニンを読んだというくだりに、私の中でことりと小さく天地がひっくり返った。砂漠の砂と熱い風、汗臭い髪のにおい、彼らの闘い、そういうものに一瞬触れたような気がした。
 ほかの11人の女性たちのことも紹介したいが、それはぜひ、本書を読んで味わっていただきたいと思う。その中には、このWAN理事長の上野千鶴子もいて、やはり同じ時代を生きた共感を強く感じたことを記しておきたい。

★才能と呼ぶな
 12人の見事な生き方を読み終えて、思う。彼女たちの成し遂げる力を「才能」と呼んで別格に入れてはならない。
「優れている」女に当たる弾も「優れていない」女に当たる弾と同じように痛かったはずだからだ。越境する女に世間は容赦しない。弾数は圧倒的に多かったろう。
 だから私たちは、この人たちのルポルタージュから、憧れ(すてき♡)や、羨望(才能に恵まれている人はいいわねえ)や、諦め(私にはムリ)や、自己嫌悪(どうせ私なんか)ではなく(←みんな私の心の声だが)、励ましと勇気をもらおう。私たちがそれぞれの線を越えるためのエールとして。

★13人目の女、そして
 この稀有な12人の女たちを見つけ、いかにもインタビューなんか断りそうな彼女たちを説得し、取材し、その美しい闘いの光芒を私たちの前に見せてくれたのは、島﨑今日子というノンフィクションライターである。この本の13人目の女だ。
 こんなすごい人選をする人のことを何というか、私は知っている。
「目利き」である。
 この人の眼鏡にかなうのは赤飯炊いてもいいくらい大変なことなのだ。
 読者はこの本で、12人に島﨑今日子を入れた13人の女に出会う。だが実はもう一人14人目がいた。「解説」の藤本由香里だ。私のまわりで、この「解説」の評価が異様に高い。実はまだ読んでいないのだが、この投稿をWANに送信したら、意を決して解説ページを開くつもりだ。先に読んだらきっと投稿する勇気がなくなると分かっているから。
 最後に、「目利き」の選んだ12人の名前を以下に列挙しておく。

安藤サクラ(女優) 
黒田育世(ダンサー、振付家)
夏木マリ(俳優)  
北村明子(演劇プロデューサー)
長与千種(プロレスラー)
北村道子(スタイリスト)
重信房子
村田沙耶香(作家)
木皿泉(脚本家)
鴻巣友季子(翻訳家)
上野千鶴子(社会学者)
山岸凉子(漫画家)

◆書誌データ
書名 :だからここにいる
著者名:島﨑今日子
出版社:幻冬舎(文庫)
刊行年:2021/02/05
定価 :670円+税