2011~12年に横浜美術館で開かれた展覧会も記憶に新しい、日本画家・松井冬子の待望の作品集が出来上がりました。
松井冬子について、「ちょっと怖い絵を描く人」というイメージが頭に浮かぶ人も多いかもしれません。しかし、作家がなぜそのモチーフを選んだのか、どのようにテーマを掘り下げているのかを知ると、その奥に、松井冬子ならではの深い思索が込められていることに気づきます。
松井冬子は「幽霊画」や「九相図」など、日本画の伝統的なモチーフを描いてきましたが、幽霊画の歴史をひもとけば、江戸時代からずっと、凄惨に描かれる幽霊は主に女性の姿でした。醜く、怨念によって狂う姿は、女性に担わされてきたのです。また、鎌倉時代以降に描かれてきた九相図(死体が朽ちていく経過を九段階にわけて描いた仏教絵画)も、女性の体が朽ちていく様が描かれてきました。
そうした伝統的な日本画のモチーフに、松井冬子は現代の女性が置かれた状況も付加しながら、独自の美へと昇華させていきます。暴力や喪失体験、抑圧、ストレス、トラウマの経験など、松井冬子個人の体験とも重ねあわせながら、生半可な共感を突き抜ける、絵画の凄みを感じさせる何かを、作品から突き付けています。そして、それが日本画の伝統への批評となっていることも興味深い点です。
本書には、松井冬子のこれまでの代表作品はもちろん、初監督の映像作品や、新作の大障壁画《生々流転》など、本図・下図あわせ計83点を収録しており、見ごたえたっぷりの内容です。上野千鶴子氏の論考も掲載。ぜひご覧くださいませ。 (すがわら・ゆう))
◆書誌データ
書名 :松井冬子――芸術は覚醒を要求する (別冊太陽スペシャル)
監修者:八柳サエ
頁数 :152頁
出版社:平凡社
刊行日:2021/1/27
定価 :2750円(税込)