●ハンセン病療養者の命の一行詩(=短歌・俳句・川柳)
もしあなたが十歳くらいの少年・少女で、親にこう言われたらどうでしょう。
「病気を治すために行くんだよ。治ったら家に帰れるからね。」親も子も、こう信じて、子は島へ渡りました。乗る船や桟橋まで一般の人とは別にされて。

*<大島丸>に乗(の)して叱られ曳航(ひか)れたる伝馬船にて着きし入所日忘れず  井上真佐夫
*昭和十五年艀(はしけ)にて渡りし夜の灯(ひ)の輝く関門海峡美しかりき  宿里礼子

 また、「収容列車(お召列車ともいう)」で山へ送られた子もいました。

*療養所につれ行(ゆ)かるとも知らずして弟は汽車の旅をよろこぶ  深川徹 
*病む吾とみまもる母の乗りたれば客車の扉に錠下(お)ろされつ  山本吉徳

 島も山も僻地です。「一般社会から遠く隔離しなければいけない恐ろしい伝染病」というイメージを国は演出し、患者を犯罪者のように扱い、事実(=菌の感染力は弱く、薬で治る)を隠し、法による強制収容を九十年も続けました。
 大人でさえ絶望的な状況の中で、島や山に送られた子供(乳幼児も含む)は、どんなに心細かったことでしょう。本書は、収容された子供が、その後、どんな運命をたどったのかを伝える歌物語です。(以上、本書の「はしがき」より。)

●独特の分類方法で、歌がよみがえる
 本書には約千人(うち3割は子供)が詠んだ3300余りの一行詩(=短歌・俳句・川柳)が収められています。この約十倍の一行詩を収めた『ハンセン病文学全集』(2010年完結・皓星社)から抜粋したものです。あまり知られていませんが、実は療養所では文芸活動が盛んでした。『全集』は全国13か所の療養所で作られた歌集や句集の一行詩を年代別・療養所別に並べていますが、『訴歌』では、その中から選りすぐりの作品を抜粋し、大人も子供も一緒にして、俳句も短歌も川柳も一緒にして、そこに詠まれている心情やテーマが共通するものどうしを束ねて分類しました。
 そして「逢いたい」から始まって「我ら、らい病みまして」まで約千の小見出しの五十音順に並べました(五十音順は辞典編集者の私が長年なじんだ形です)。
 一行詩は読み慣れていないので、と心配する人にも、この小見出しが手引きとなって読みやすく、療養所での暮らしぶりがありありと感じられる仕立です。

●すべての歌が対岸(=外の世界)に発し続けた悲願だった
*密(ひそ)かにも詠み残されゐし歌のほか患者らの惨劇伝ふるものなく 山本吉徳 1998年 (29頁・小見出しは「歌に残す」)
 
 本書は歌集ですから勿論、解説はありませんが、独特な分類方法によって、歌と歌が意味を補足し合い、更に強く情感を刺激します。作者も年代も別々なのに通じ合う情感によって独特のハーモニーが産み出されるのは、もともとこれらの歌が対岸に向けて発し続けた共通の悲願だからです。
 『全集』の一行詩のすべてが、後世にわかってほしいと願って詠まれていることに気づいたのは昨年です。初めて図書館で出会ってから気づくまでに4年もかかってしまいました。暗喩として秘めて表現されていた歌も多かったためです。 どんなに虐げられても人を信じて歌に託した彼らの気持ちを私は尊いと感じ、世の中に広く伝えたいと思いました。これが本書を編んだ強い動機です。
 副題には、この悲願が込められた歌「あなたはきっと橋を渡って来てくれる」(辻村みつ子、8頁・小見出しは「逢いたい」)を添えました。

●心を寄せて、じっくり、ゆっくり、読み深めてほしい
 『訴歌』を読んだ多くの人の感想は「同時代に生きながら知らなかったことばかり!」です。何が起きていたのか、今まで知らなかったことが何かを知るのに「遅すぎる」ということはありません。
 全体を読んだあとで、又ぱらぱらと頁をめくると、今まで気づかなかったことがわかり、味わいが増します。そのたびに新しい発見があることでしょう。
 また、もしあなたが俳句や短歌の詠み手であれば、歌のもつ深い表現力に驚き、詩心を刺激されることでしょう。

*寒菊や年々おなじ庭のすみ 豊子[少女] 1958年 (287頁・小見出しは「世の隅に咲く」) 
*すみれ花故郷の父の好きな花花瓶にさしてかわゆがりけり N・T子[尋常小5年] 1941年 (132頁・小見出しは「すみれ」) 

 世の中から忘れられ、世の隅に咲く寒菊も、すみれ花も少女自身のことです。
 「年々おなじ」という五文字で自分の置かれた状況や絶望感を伝えています。
 「かわゆがる」という可愛い表現で「本当は自分がお父さんに可愛がられたい」気持をにじませています。
 なお、『訴歌』の中でイニシャルの名前はその後、社会復帰した子供です。
 
●訴歌の魅力
 私は編集者として当事者の生の声を大切に思い、それを届ける本作りを目指してきましたが、これほどたくさんの人の想いを集めた本は初めてです。どれもその時点での真情ですから貴重な証言です。歌という形で推敲を重ねて練り上げた言葉なので抑制された落ち着いた表現の中に、たわめた竹がはじけるような力強さが秘められています。これが「訴歌」の魅力です。
 「訴歌」という言葉は装丁者・和久井昌幸氏の造語ですが、誇り高く社会に訴える歌(抵抗歌)を総称する言葉として今後、広く使われることを願っています。
 以下に、本文の試し読み頁がありますので開いて見てください。  http://www.libro-koseisha.co.jp/leprosy/9784774407418

 今年は『ハンセン病文学全集』を編集した能登恵美子さんが49歳で早逝してから10年。本書『訴歌』は、言わば、能登さんとの共編です。生前の面識はありませんが、本書の編集中、ずっと能登さんの影を感じました。
 ありがとう、能登さん。少しだけ、あなたの偉業をつなげたでしょうか。
 能登恵美子遺稿集『射こまれた矢・増補版』(皓星社・千円)もぜひ、併せてお読みください。

◆書誌データ
書名 :訴歌(そか)―あなたはきっと橋を渡って来てくれる
編者 :阿部正子
頁数 :304頁
出版社:晧星社
刊行日:2021/5/7
定価 :1800円+税

訴歌

著者:阿部正子(編)

皓星社( 2021/05/07 )