
本書は、社会学者の江原由美子氏による1970-80年代の女性解放理論や女性解放運動についての論考集である。底本となった単行本が勁草書房より刊行されたのは1985年のことなので、35年を経ての増補文庫化だ。
I部には、イリイチのヴァナキュラー・ジェンダー論やエコロジカル・フェミニズムといった80年代の女性解放論への批判と、「性差があるから差別ではない」とする言説を批判的に検討した論考を収録。II部では、ウーマンリブ運動の思想史的位置付けと再評価を行い、III部では、フェミニズム運動への「からかい」が、非難や攻撃にもまさる抑圧的効果をもったことを明かした「からかいの政治学」など、メディアにおける女性表象の問題を追求している。
各論の内容は多岐にわたるが、それらに通底するものは何か。江原氏は「はじめに」で以下のように述べる。
〈…女性の状況をどのように変革すべきなのか、すべきではないのかといった議論も、価値観が多様化している今日、なかなかコンセンサスは得られない。それゆえ「女性解放」という思想的課題の確立はさらに困難である。(中略)本書は、それゆえ「女性解放」とは何かといった答えを出すことはできない。ただ、「女性問題」や「女性解放」の問題の深さ、困難さ、重要性、広さを少しでも示したいと思う。〉
女性解放の困難や内部の対立は、本書のなかにさまざまな形で現われる。
例えば、「女性解放理論とは、女性が〈男の領域〉である産業社会に参加することを促すものではなく、〈女性固有の論理〉によって産業社会を批判し、変革していく理論でなくてはならない」という主張が迫った、反近代主義的立場か近代主義的立場かの選択のなかに(「女性解放論の現在」)。
あるいは、〈能力・才能・資力等によって「女の仕事」に縛りつけていい女と、そうでない女とが区別されていいはずがない〉というリブ運動の主張に対して、「エリート女性」たちが抱いた動揺のなかに(「リブ運動の軌跡」)。
あるいは、リブ運動に対してマスメディアが投げかけた多くの「からかい」の中に(「「からかい」の政治学」)。
読み進めるうちに、女性解放の運動と理論が扱ってきた問題の深さと、それが今なお残っていることに途方に暮れそうになるが、しかし、本書は「だから女性解放は難しいのだ」と諦めて結論するものでは決してない。「困難」を丁寧にみつめて対立軸を解きほぐすことで、硬直しがちな問題を別の仕方で論じようとする本書に通底するのは、〈AかBかを選択することではなく、色分けそれ自体を徹底的に自分の言葉で疑っていく〉姿勢であり、〈「理想の社会」を女性に仮託して語る〉のではなく、〈女性自身の経験に根ざして問題を論じ〉る視座だ。
文庫化に際しての「増補版あとがき」には、〈「女性問題がむつかしい」のは、女性同士の意見がまとまらないからではなく、女性問題を考えることが、既存の近代社会論や産業社会論の枠組みを批判的に組み替えることにつながるからなのだ〉とある。今深く複雑な問題を前に、ゆっくりでも考えようとする個人の、大きな力となる本だと思う。
(もりや・かなこ 筑摩書房編集部)
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はじめに
増補:その後の女性たち――一九八五-二〇二〇年
I
女性解放論の現在
「差別の論理」とその批判――「差異」は「差別」の根拠ではない
II
リブ運動の軌跡
ウーマンリブとは何だったのか
III
からかいの政治学
「おしん」
孤独な「舞台」
あとがき
増補版あとがき
慰安婦
貧困・福祉
DV・性暴力・ハラスメント
非婚・結婚・離婚
セクシュアリティ
くらし・生活
身体・健康
リプロ・ヘルス
脱原発
女性政策
憲法・平和
高齢社会
子育て・教育
性表現
LGBT
最終講義
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