2020年10月1日、日本学術会議の新会員6名が首相から任命を拒否されたことが発覚しました。
直後は新聞各紙でも「学問の自由」の危機として報道されましたが、今ではほとんど話題に上ることもなくなりました。日本学術会議という組織や、新会員が任命拒否されたこと、それ自体は、大多数の人びとにとっては、直接的には関係がないことだからです。
しかし、「一羽の蝶の羽ばたきがやがて嵐を引き起こす」というカオス理論のように、この出来事は、のちに取り返しのつかない惨事を招くことになるかもしれません。
そんな思いから、学術界に限らず、文化芸術、身の回りの生活など、いま生じているあらゆる「自由」の危機について26名の方々に論じて頂きました。
皆さんの「叫び」を抜粋してご紹介したいと思います。それが何よりも本書の意図を表しています。
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国や政権を批判する研究者を拒絶することは、検閲を経て焚書に行きつく(中略)「焚書は序章にすぎない。本を焼く者は、やがて人間も焼くようになる」――藤原辰史(歴史学者)
学問の自由が奪われると、メディアの統制も容易になり、やがて思想表現の自由も奪われる。学問を失った社会は暗闇の中をさまようしかない。その暗闇の中から独裁者が登場し、民主主義が壊され、社会と国家も破壊される。歴史の教訓である――佐藤学(教育学者)
自由が奪われるときの一つの局面として、いまのように、権力者の口数が少なくなるということがある――石川健治(憲法学者)
よく「私に何ができますか」と聞かれるのですが、何かを変えていく一つの原動力は、やはりひたすら市民が声を上げ続けることだと思います――望月衣塑子(新聞記者)
学術会議で行われたようなことは、実は学術会議だけで起きているのではなく、すでに日本のさまざまなパブリックな組織で起きている――津田大介(ジャーナリスト)
表現の範囲がどんどん狭まっている――ヤマザキマリ(漫画家)
いまの日本はファシズムの芽が育ちつつある――平田オリザ(劇作家)
メディアは自分たちが中立の立場を装って、私のようにものを言う人間をあたかも人身御供のように差し出しているのではないか。あるいは両論併記といって、対立する立場の人間を戦わせて、自分たちはそれを外から眺めている――桐野夏生(小説家)
水はいきなり煮え湯にならない。火を消し止めるなら今だ――村山由佳(小説家)
「おかしいことは、おかしい」と言えば通る。この成功体験は大きいとわたしは思います。
「自由の危機」が必ずしも悲観的な状況を生むわけではなく、それに対抗するアクションを起こすことで、時代はポジティブな方向へと動き出しているとも言えるのです――上野千鶴子(社会学者)
「学問の自由」「言論の自由」は、意見の多様性を保障することです。真理というものは、多数決では決まらない。たとえ九九万九九九九人が気づかなくても、一人が気づいたことが非常に重要な意味を持つことがある――小熊英二(歴史社会学者)
私たち日本人は「自由は取扱いの難しいものだ」という実感に乏しいように思われる――内田樹(思想家)
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ごく身近な、生活の中で感じる息苦しさの原因も、もしかしたら、ここで語られている政治や社会状況の行き詰まりにあるのかもしれません。そのような視点から、今あらゆる場所で起きている「自由」の危機に目を向けて頂けたらと願っています。
(ほそかわ・あやこ 集英社新書編集部)
◆書誌データ
書名 :『「自由」の危機ーー息苦しさの正体』
著者名:内田 樹 (著), ヤマザキ マリ (著), 上野 千鶴子 (著), 堤 未果 (著), 桐野 夏生 (著), & 21 他
頁数 :400頁
出版社:集英社(集英社新書)
刊行日:2021/6/17
定価 :1166円(税込)