
2021年6月28日 文部科学省での記者会見の様子
今回は、都立高校における男女別枠の問題を取り上げます。先日、わたしたち弁護団のなかの有志メンバーで、この問題についての法的意見書を公表し、2021年6月28日に記者会見を行いました。
(都立高校入試におけるジェンダー平等を求める弁護士の会 Facebookページ。意見書本文や会見に関する報道、私たちの活動はこちらからご覧いただけます。https://www.facebook.com/fairexamtokyo/)
1. 個人には性別にかかわらず「同一の試験」を受ける権利がある
女性差別撤廃条約は、日本を含む締約国に対し、男女が「同一の教育課程、同一の試験」(the same curricula, the same examinations)を受ける権利を保障する義務を課しています(条約第10条b号)。この条項の審議過程で、日本は「同一のまたは均等の水準の教育課程と試験」の保障にとどめるべきとの修正を提案しました。当時、家庭科教育が「女子の特性を考えた教育的配慮」などとの理由で女子だけに必修化されていたからです。結局、この日本の後ろ向きな修正案は見向きもされず、男女に「同一の試験」を保障する条約は1981年に発効しました。日本は同条約を1985年に批准しましたが、中高の家庭科教育が男女同一になったのは1994年以降でした。
2. 実はまだまだ「性別」で受験生を区別するのは珍しくない
条約で男女に「同一の試験」の権利が保障されてから40年近く経った2018年夏、東京医大をはじめとした多くの医学部入試において、女子や浪人生に対する不利な点数操作がなされていたことが発覚しました。まだまだ日本のジェンダー平等に関する課題は山積しているなかで、少なくとも試験は公正になされているはずと信じていたのに、そのあからさまな女性差別の仕組みや、その背後にある「女性は医療現場に向かないからなるべく入学させたくない。」という差別的意識に、日本だけでなく世界の人たちも驚きました。
でも、実は、医学部入試の問題を受けて「あ、もしこれが駄目なら、こっちの入試もマズイかも。」と思った教育関係者も結構たくさんいたようです。同じ学校の入試において「性別」を基準に受験生を区別している制度は、少なくないからです。
3. 東京都立高校の男女別定員制の問題点
東京都立高校の入試制度もそのひとつではないでしょうか。
都立高校は、全日制普通科の全ての学校で男女別に定員を設けています。毎年、中学校卒業予定者の男女比に沿って定員が設定され、男子枠が多くなっています(倍率はほぼ毎年女子が高い)。これにより同じ学校の同じ試験を受験しても男女別で採点がなされ、その結果、同じ学校に入るための合格最低点が男女で異なります。1000点満点(学力検査700点、内申点300点)で、その差は数点から350点に至るところもあります(後者は是正措置を講じても約240点の差が残っていました)。大半の都立高で女子の合格最低点が高いものの、男子の合格最低点が高い学校もあります。
4. 男女別定員制が導入された経緯
そもそもなぜ男女別の定員制が始まったのでしょうか?
この歴史的経緯を詳しく研究している小野寺みさきさんの論文(https://waseda.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=11305&item_no=1&attribute_id=162&file_no=1)によれば、戦前の男女別学教育では、男女で教育内容が大きく異なり女子の学力が低かったところ、戦後に憲法に「平等原則」などが規定されたことを受けて男女共学制を導入することになり、男女別定員制によって学力で劣る女子の合格者数を確保することを目指したものでした。つまり女子への積極的格差是正措置だったんですね。ただし、当初は共学といっても、旧制中学は男子定員が多く、旧制高等女学校は女子定員を多く設定するなど、戦前の男女別学の伝統を引き摺っていました。
1975年国際婦人年、1985年女性差別撤廃条約批准など、国際的なジェンダー平等への流れを受けて、東京都でもまずは都立高校の定員を「男女で同数化すべし」という運動が高まります。1990年には全ての都立高校で女子比率40%以上となり、その後、公立中学校卒業生の男女比に沿ったものになりました。そして、1990年以降、都の専門委員会は、「男女平等の理念に合致した男女合同定員制」を目指すべきことを繰り返し指摘するようになります。2000年には合格基準点(最低点)の男女格差が問題視され、一部の学校で緩和制度が導入されますが、依然として性別による格差(大半において女子の基準点(合格最低点)が高い状態)が残ったまま、現在に至ります。
5. 男女別定員制の目的は?
こうやって経緯を辿っていくと、こんにちでは「女子の合格者数確保」という当初の目的はもう達成されていることが分かりますね。東京都以外の道府県では、男女別定員は全て廃止されていて、多くの地域では性自認の多様性への配慮から出願票の性別欄すら撤廃されました。ジェンダー・フリーな入試に向かって動いています。
この流れに逆行するかのように、東京都は、全国で唯一、男女別定員制を維持しています。現在は、大半の学校でこの制度がむしろ「女子の合格者数抑制」の方向に機能しています。また一部の学校では男子の合格基準点(最低点)が高くなっており、この制度が男子にとっても「男子だから」という理由で不利に機能していること、そして性自認の多様性にも全く配慮されていないことも、深刻な問題です。
このような定員制の目的の達成状況や機能の変遷に着目したとき、東京都が現在も都立高校普通科全校で男女別定員制を維持しているのは一体なぜなのだろう、著しい男女格差という効果を上回る合理性があるのだろうかという疑問が湧いてきます。都はこの点について、都議会でも「格差は認識しているが、是正措置によって男女平等に努めている」と形式答弁を繰り返すだけで、正面から説明していません。他方、東京都の関係資料(https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/press/press_release/2019/files/release20190904_02_1/zentai.pdf)からは、東京都の専門委員会が「男女合同制とすべき」としながらも「私学への影響」を理由に検討を促すにとどまっていることや、都教委と私学団体でつくる「公私連絡協議会」において私学側が私学の自由や別学の伝統を理由に男女別定員制を維持すべきと主張していることがうかがえます。そうすると、結局、都立高校全体での男女別定員制の維持にこだわっているのは、私立学校(特に定員数が多い女子高)への進学者を確保するためではないか、という疑いが生じます。
6. 憲法と教育基本法から
次の憲法と教育基本法の条文を読んでみてください。
憲法26条1項 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
教育基本法4条1項 すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。
このように、憲法とそれを受けた教育基本法は、個人に対し「その能力に応じて、ひとしく」教育を受ける権利を保障しています。「その性別に応じて」の教育で良いとは書いていません。
教育の重要性は、個人がどんな属性であろうと変わりません。そして、個人の「性別」や「性自認」は、受験で問われるべき「個人の能力」には無関係です。だから、よほど正当な理由がないかぎり、このような属性によって公立学校入試のハードルの高さを変えるべきではないのです。
7. 都の入試検討委員会
東京都は関係者や有識者からなる委員会を設置し都立入試制度を検討しています。その資料(https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/press/press_release/2020/files/release20200924_05/report.pdf)が興味深いのでご紹介します。
男女別定員制について、都立高校の校長に対するアンケートでは、「人権上問題がある」とのコメントがある一方で、「(合同制だと女子が多くなる傾向があるから)男子が入る余地を残しておく必要がある」「(女子が増えると)文武両道を目指す学校で男子種目の縮小につながる可能性がある」などと制度の維持を肯定する意見もありました。これに対して、公立中学校の校長のアンケートでは、「(点数格差、LGBTの観点からも)先送りが困難な問題」「単純に二つの性別で分けることは、これからの時代は適切ではなく…(制度は)廃止すべき」との意見が述べられています。公立中高のPTA会長からも「廃止すべき」との意見が出ています。
このような本制度に対する意識の違いは何に起因するのでしょうか。思うに、まず高校の校長は既に「男女別コース」で選抜されてきた生徒にしか接しませんので、定員制の結果として現に存在する男女の学力差から男子を救わねばという意識が生じ、また現状の部活の運営などを維持したいという意識が働くのでしょう。これに対し、保護者や中学校の校長は、都立高校に子どもを送り出す立場として、自分達が教育してきた、目の前の個性ある多様な子どもたちが、入試段階で機械的に男女として区分けされることに対し具体的な問題意識を持てるという大きな差があるのでしょう。
なお、この検討委員会において、男女別定員制によって長年生じてきた具体的な男女格差について、法的な観点から憲法や教育基本法の規定やその趣旨に沿ったかたちで具体的に検討された形跡はありません。東京都は、巨大な行政機関でありながら、平等原則などの法令遵守の観点すら欠如しているのです。また、根拠に基づく政策決定の重要性が叫ばれて久しいなか、男女別定員制を維持する前提となる事実及びデータの分析や説明も一切みられず、かつ意思決定のプロセスがあまりにも不透明であることも、教育政策のあり方として極めて大きな問題です。
8. おわりに
高校入試や高校生活は、大人であれば多くの方が通って来た道であり、みなさんそれぞれの思いや考え方があります。私たちの記者会見に対しても多様な観点からの多くの反響がありました。
いまの15歳以下の子どもたちのために、私たちが大人として考えるべきなのは、それぞれの個人的な経験や利害から少し離れて、「もし自分の性別や性自認が自分自身にも全く分からない状態で、自分が次の春に都立高校を受験する立場だったら、どんな制度を求めるか。」という、個人の尊厳を出発点とした問いではないでしょうか。そして、その制度については「憲法や教育基本法の要請に適っているか。」という観点からのチェックも欠かせません。
現在の都立高校入試制度では、まず性別の区別が最優先事項とされ、ひとりひとりの受験生が尊厳のある個人として扱われていません。この制度は、個人に対し、能力に応じたひとしい教育を保障する憲法26条1項、教育基本法4条1項や、男女「同一の試験」を保障する女性差別撤廃条約に違反する、許されない性差別なのは明らかです。
わたしたちは今後、すみやかな男女別定員制の撤廃に向けて、東京都をはじめ、都議会、文科省などに働きかけをしていく予定です。医学部入試についての3つの訴訟とあわせて、ぜひこちらもご支援ください。
9. 医学部入試の問題に関するアップデート
医学部入試の弁護団の方では3つの訴訟が係属中です。東京医大や順天堂大学に対する訴訟では、証人尋問の準備が始まりつつあります。
また、私たちの訴訟とは別に、消費者機構日本が、東京医大に対する共通義務確認訴訟で勝訴判決を得て、現在これに基づく受験料等の返還を求める簡易確定手続が係属しています。563名の元受験生が参加し、一部の受験生について和解の手続きが進んでいるとの報道がなされており、今後の動きが注目されます。
(※ご参考:わたしたちとは別の団体ですが、「東京ジェンダー平等研究会」が、この問題についての段階的是正を求め、オンライン署名活動を実施されていますので、是非ご覧ください。https://change.org/toritsu_koukou)
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◆「医学部入試における女性差別対策弁護団」ウェブサイト
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