本書を手にしたのは、昨年10月。ちょうど、自著『ケアするのは誰か? 新しい民主主義のかたちへ』が公刊され一息ついたときでした。まず、「序章」を読み、これだ!こういう議論こそ、これから必要なんだと、わたしがこれまで格闘してきたケアをめぐる問題に同じように取り組み、世界に発信しようとしている人びと・研究者がこれほど世界にいるのだということを知り、勇気づけられると同時に、一息ついているどころではないな、と気持ちが昂りました。そして、本書を訳し終えてもなお、本書から受け継いだ課題を前になおわたしの気持ちは昂っています。
そう、本書は、一人ひとりに、わたしたちの生活、現在の苦しみのありか、そして、最も身近な家族のこと、地域社会のこと、国の政治や経済、世界で生じている環境破壊をはじめとしたさまざまな異変に敏感になることで、そこからまさに「革命」が始まることを告げています。世界的な新自由主義の潮流のなかで、他者とのつながり、信頼と安心からなる社会のなかでの暮らしといった生活の基盤が、資本の(暴)力によって根こそぎにされていく。これまで、人びとが分有していた共有のもの(コモン)が、私有化され、人々のアクセスが排除されることで、共有されてきたものの価値が奪われ、領有されてしまう。まずは、そうした(暴)力に抵抗すること、抵抗のなかでわたしたちの力を強めていくこと。こうした数々の事例を丁寧に紹介しながから、一章一章説得的にわたしたちを行動へといざなってくれています。
著者のケア・コレクティヴは、心理学、経済学、メディア研究など幅広い専門を有するイギリスを中心に活躍する5人の研究者が、ケアを顧みない政治に危機を感じて始めた読書会から生まれました。そして、本書を訳すわたしたちも、政治思想、政治社会学、倫理学とケアへの関心を共にするとはいえ、それぞれの研究関心から本書の翻訳に取り組みました。ケアは対話であること、ケア実践には軋轢や対立が内在し、異なりを抱えつつなお、距離を測りながらの共同作業であることは、本書の翻訳過程でもわたしたちが強く感じたことです。
本書は、コロナ・パンデミック以後の世界を新しい知恵と価値観と、そして新たに見つめ直した自分とともに構想するための一助となるはずです。「この世界は、ケアを顧みないこと[無関心、無配慮、不注意、ぞんざいさ]が君臨する世界です」から始まる「序章」から、世界の市民が抱える困難を共に乗り越えようという呼びかけを、本書を手に取った方は聞き取ることになるでしょう。
なお、本書最後に加えられた訳者三人で書いた解説(20頁を超える大解説です!)も、ケアの倫理とフェミニズムのつながりを理解し、イギリス政治を事例にしながら、いまこの日本に住むわたしたちになにが必要なのかを考えるうえで必読の論考になっていると自負しています。こちらも本書の一部といってもよいかもしれません
以下が本書の内容です。
序章 ケアを顧みないことの支配 (ケアのない世界/ ケアで粉飾される市場/ ケアしない国家/ ケアを引きはがされるコミュニティ/ ケアに足りない親族/ 解決に向けて)
第一章 ケアに満ちた政治
第二章 ケアに満ちた親族関係
第三章 ケアに満ちたコミュニティ
第四章 ケアに満ちた国家
第五章 ケアに満ちた経済
第六章 世界へのケア
(岡野八代)
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