
この夏の暑さと、どうしようもなくダメな政権と、あんなに反対しても開催されてしまった見たくもないオリンピックと。ああ、鬱陶しい。気分転換をしようと、今年1月に亡くなった半藤一利著『昭和史』全3冊に挑戦した。
『昭和史』(1926~1945)『昭和史 戦後篇』(1945~1989)『世界史のなかの昭和史』(平凡社刊)、546頁、612頁、515頁、計1673頁を読了。2003年に一冊目を書き、2020年7月に3冊目を書き終えて2021年1月に90歳で亡くなられたという。生涯現役での執筆、さすがだなあ。
私の知らない戦前の「へぇーっ」と思うような出来事、もの心ついた頃と重ねて読む戦後史、そして世界の動きと並行して描かれる同時代史の数々。昭和史の語り部・半藤一利が、講談師のような名調子で語る膨大な史実と丹念な史料探索に圧倒されつつ、どの国も、「ゆっさゆっさ」と大揺れに揺れながら戦争への道を突き進んでいったんだ。なんかまたまた時代が逆行するかのような現在、過去への反省もなく、再び同じ道を繰り返していくのだろうかと思うと悲しくなる。
1926年(昭和元年)、天皇裕仁即位、昭和の幕開けとスターリン時代の始まりは同年、ヒトラー『わが闘争』全巻刊行もまた同じ年なんだ。
昭和のスタート、立憲君主制の天皇は、「君臨すれども統治せず」。内閣や軍部が決めたことを認めざるをえず、戦争への道を突き進んでいったというが、果たしてそうなのかな? その時、誰が行く道を決定し、履行していったのかを、著者は歴史探偵のように綿密に探っていく。
1928年(昭和3年)、張作霖爆殺事件、1931年(昭和6年)、柳条湖事件・満州事変、1932年(昭和7年)、5・15事件、1936年(昭和11年)、2・26事件等々、一切、口出しを許さず、「統帥権」という「魔法の杖」を操ったのは誰だったのか。北一輝や石原莞爾、関東軍による満洲進出や、満鉄理事・総裁の松岡洋右などについての史実と人物像が事細かく記されてゆく。
1940年(昭和15年)、民政党の斎藤隆夫が、暴走する陸軍を国会で批判したのが、政党の有効性を示した最後となる。同年9月、「日独伊三国同盟」締結後、1941年(昭和16年)、松岡洋右外相はヨーロッパへ飛び、ヒトラーと会談。その後、ソ連にスターリンを訪問し、「日ソ中立条約」を調印。そして1941年12月8日、「ニイタカヤマノボレ 一二〇八」の真珠湾攻撃で遂に太平洋戦争開戦。国家総動員法のもと、「撃ちてし止まむ」と民は戦えども、アメリカはすでに日本の外交文書など、ほとんど解読していたという。1943年(昭和18年)、東大から学徒出陣した伯父も、奉天で航空通信兵として戦ったと後に聞いた。その後、日本は南方や中国戦線で敗北に次ぐ敗北を重ね、1945年(昭和20年)8月14日、ポツダム宣言受諾、終戦の詔書発布。同年4月、ムッソリーニは銃殺、ヒトラーは自殺した。しかし天皇裕仁だけは生き残ったのだ。

閑話休題。30年以上前に、ある編集者に頼まれ、シクルシイ(和名・和気市夫)の原稿入力を手伝ったことがある。『まつろはぬもの 松岡洋右の密偵となったあるアイヌの半生』(ヤイユーカラの森発行、2010年)。原稿には、コタンの風景をうたう少年時代のみずみずしい詩と鉛筆描きのスケッチが添えられていた。その後、沙汰止みになっていた出版が、著者の死後10年を経てアイヌ文化振興・研究推進機構の支援で分厚い本にまとめられ、今、手元にある。現在は寿郎社から刊行されている。
神童と呼ばれたシクルシイは、松岡洋右に見出され、11歳でハルピン学院に入学。英・仏・露・中・モンゴル・ラテン語・ギリシャ語と体育、銃器、無線通信、暗号の特訓を受けて、13歳でロックフェラー財団に属する北京・燕京大学で国際政治と東洋史を学ぶ。以後、松岡の密命を受け、中国・中央アジア・南アジア・ヨーロッパ・アフリカ・アメリカへの旅を続ける。松岡の密命は「日本軍の戦闘中に起こった暴虐行為を調べること、作戦行動に関係なく起こされた人倫にもとる行為を調べること、中国、東南アジアの思想傾向を調べること」。中国人に身をやつし、南京虐殺直後の現場に入り、マレー半島での俘囚虐待や従軍慰安婦たちのありようを、その目で現認する。彼の言によれば、いかなる時もいかなる場でも自ら人を殺したことはないという。
1945年8月16日、中国国民党公安部により逮捕。拷問と土牢拘置を3カ月。あるルートで救出後、日本へ送還。東京裁判で松岡洋右の重要参考人容疑者となるが、松岡の死去により、釈放。戦後はGHQ本部地下室に軟禁され、鎖につながれ、各国憲法の翻訳に携わったという。

2冊目の『昭和史 戦後篇』。敗戦後、国民は「天皇が『自分の身はどうなってもいい』と言ったおかげで戦争が終わったと思った」というが、果たしてそうなのか?
敗戦直後、迎える進駐軍の防波堤として、内務省は「特殊慰安施設協会」(RAA)をつくり、すぐに「慰安婦募集」がなされたという。半藤自身も言う、「いいですか、終戦の3日後ですよ」と。
GHQの戦後5大改革は、①婦人解放、②労働者団結権、③教育の民主化、④特高など警察制度の撤廃、⑤経済機構民主化だったという。財閥解体、農地改革、労働改革、教育改革のもと、男女共学が始まる。婦人参政権を認め、それまで20.4%だった有権者が51.2%に上昇したという。
そして1946年、「天皇は象徴」「主権在民」「戦争放棄」を3本柱とする憲法改正案が、GHQ民生局から出される。ホイットニー准将、ケーディス陸軍大佐を軸とした試案は、松本烝治国務相のもと、明治憲法を踏襲したのみの日本草案を翻して、「日本国憲法」が制定された。その中に当時、22歳のベアテ・シロタ・ゴードンがいたことを、半藤さんは書いていない。ベアテ・シロタ・ゴードン著・平岡磨紀子訳『1945年のクリスマス 日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝』を読んでいなかったのだろうか。しかしその後、1949年(昭和24年)以降の占領政策は、米ソ対立に伴い、ドッジ・ラインのもと、「改革」よりは「復興」へと右旋回していくのだが。
1951年(昭和26年)、サンフランシスコ講和条約締結を経て、1960年(昭和35年)、A級戦犯の岸信介が講和条約発効後、保釈され、首相となり、国会で「新安保条約」を強行採決する。当時、高校2年生の私も、この時、初めて御堂筋デモに参加した。
しかし半藤さんは、これら反対運動をどう評価したのだろうか。安保デモ収束後すぐ、週刊文春は「デモは終わった、さあ就職だ」を見出しに特集を組んだという。その編集部にいた半藤さんは、その記事を「時代をよく見ていたと言えなくもないのです」というが、そうかな? ちょっと納得がいかない。下山、三鷹、松川、吹田事件や内灘闘争、砂川闘争、勤評闘争、三里塚闘争、羽田闘争等についても同じ思いだろうか?
ただ、「戦後篇」の最後に「こぼればなし 昭和天皇・マッカーサー会談秘話」が追記されている。敗戦直後、天皇はマッカーサーと数回面会したという。その時の通訳メモは、あえて残さなかったというが、少ない史料や聴き取りから「戦後日本の占領期間は、ある意味、天皇とマッカーサーの合作ではなかったか」と半藤さんは推測する。天皇が、「日本の安全保障のため、米軍駐留に沖縄をお貸しする」とマッサーカーに述べたのではないかと。天皇は死の直前、「沖縄にお詫びにいかなければいけなかった」といったそうだが。そして半藤さん自身、「日本は今なお、アメリカの占領時代を現在まで引きずっているということではないか」と書く。日本は現在もアメリカの属国ということか。
先頃、京都文化博物館へ「戦後京都の「色」はアメリカにあった!」の写真展に出かけた。1945年~52年の京都をカラー写真で撮り、マッカーサー記念館等に保存されているものだ。今も京都に残る町並みや様変わりしたビル、路地で遊ぶ当時の子どもたちの姿など、戦後の京都の姿が活写されていた。そう、まさにアメリカ色なのだ。

3冊目の『世界のなかの昭和史』。これは池田浩士著『ヴァイマール憲法とヒトラー』(岩波書店、2015年)とも重なるが、1933年1月、ナチスが総選挙で第一党となり、ヒトラー内閣発足。同年3月、ワイマール憲法の空洞化を「閣議決定」し、「全権委任法」が合法的に可決された。以前、麻生財相が、「憲法改正はナチスの手口に学べ」といったことを思い出す。ほんとに、ひどいなあ。
そして1936年8月、ナチスのプロパガンダとしてのベルリン・オリンピックを開催。記録映画「オリンピア」で「民族の祭典」等を監督したのは、レニ・リーフェンシュタール。聖火リレーをギリシャのアテネからスタートさせたのは、この時からだという。オリンピックなんか、見たくも聞きたくもない。もう止めてほしい。
本書は最後に「八月や六日九日十五日」という句を載せている。ある俳人が調べたら、海軍兵学校生き残りの諫見勝則が1992年(平成4年)に詠んだもので、尾道市に句碑も建てられているとか。「歴史探偵ならぬ俳句探偵もいることを、まことに嬉しく思ったことであった」と半藤さんは結ぶ。
ではなぜ、戦争体験を「継承」しなければならないのか。戦争への道を牽引した者たちを糾すこと、のみならず、ものいわぬ人々が受けた痛みや悲しみだけでなく、加害性をもまた自ら引き受けることによって、「歴史は過ぎ去っていくものではなく、あるべき姿として次代へと積み重ねていくべきではないか」との思いから、後に続く者として、過去の歴史を「継承」していきたいと願う。
この夏はとりわけ暑い。いつもは夏の終わりにダウンするのに、早々に夏疲れを感じて、これではいけないと、「元祖もろみの酢」と漢方薬「補中益気湯」を飲んで持ち直した。みなさまも、どうぞご自愛のほど。
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