女性受刑者とわが子をつなぐ絵本の読みあい

著者:中島 学

かもがわ出版( 2021/06/25 )


 社会は信頼するに値する。
 どんな人も社会のなかの一人として生きている。
 ――ということをしみじみと、深く感じさせてくれる本である。

 本書は、日本で初めての官民協働刑務所、美祢社会復帰促進センターでの、絵本の読みあいを仲立ちとした矯正プログラム「絆プログラム」の12年にわたる実践の記録である。同センターは、ハイテク技術による管理でコンクリート塀や鉄格子はなく、一般社会と近い環境で生活し、早期社会復帰をめざす刑事施設である。

 美祢社会復帰促進センターを運営する(株)小学館集英社プロダクションと村中李衣さんとが共同で開発した「絆プログラム」は、希望を募って6人の受刑者が6回の講座を受講する。受講者は、わが子のために絵本を選び、読むことの練習をグループで行い、村中さんの助言を得て、練習を重ね、最後の本番で、絵本を読む声をCDに録音する。そして、そのCDと自分で購入した絵本を離れて暮らすわが子に送る、という取り組みである。
 小児病棟や児童養護施設で、赤ちゃんからお年寄りまで「読みあい」を重ねてきた村中さんを知る読者は、ついに村中さんが刑務所にまで実践を広げたことに、敬服、驚嘆することだろう。

 本書のなかで、私がいちばん心揺さぶられる2章「読みあい事例3」さとみさんの場面。絵本『ちいさなき』を選んださとみさんは、「おかあさんの きは どこにいるの?」と書かれたページで、「読めません」と沈黙してしまう。わが子の、おかあさんはどこにいるのかの問いに答えられる「ここ」をもちあわせないメンバー全員の悲しみが部屋全体を重く沈み込ませた。すると、メンバーの一人が「代わってあげる」と絵本を手に取り、深呼吸をして読み始める。
 「ここよ わたしが おかあさんですよ」
 最後にはメンバ-全員が、「私も読んでみる」と一番つらい箇所を読み直した。  ありがとう、と語ったさとみさんの言葉「どんなにダメな私でも、私の子どもには、私しか『ここよ』といえる人はいないんですよね」。
  
 受刑中の人たちが何より奪われ制約されているのは、コミュニケーション。受刑中は個人の名前で呼ばれることはなく、受刑者相互の会話もない。しかし、絆プログラムで、村中さんはその空間・時間内には、ニックネームで呼びあうことを実践。そのなかで、「代わってあげる」とまでの互いを思いやる気持ちと行動を生み出す。村中さんと母親である受刑者たちが互いにふれあう、ささやかだが奇跡の瞬間。その心の通わせあいが、「ここよ」と言える自分を見出すことを支えていく。
 誰が、『ちいさなき』という1冊の絵本が、ここまで、ひとりの人の生きることへの新たな決意を引き出すことを予想しただろうか。いったい誰が、受刑中の矯正プログラムがこんなに深く普遍的な問いへの答えと思考を醸し出すことを期待しただろうか。
 
 たしかに、絆プログラムは、弱き者へのまなざしをもち続けてきた村中李衣さんという希有な児童文学作家の人柄と研究・実践の蓄積なしには生まれなかっただろう。だが、 チーム「絆プログラム」は、官民の刑事施設運営者と村中さんとが実現したすごい実践で終わろうとはしていない。プログラムを公開し、他の刑事施設や、ひいては離れて暮らさざるを得ない家族をつなぐコミュニケーションの方法として、それぞれに応用することを提起している。だからこそ、本書が生まれた。

 「絆プログラム」誕生時の美祢社会復帰促進センター長、中島学氏の寄稿4章「受刑者処遇の未来に向けて」は、世界的潮流となっている社会復帰支援の視座から刑事施設とは何かを解説する。また、語りと自己物語の形成を主軸に、絆プログラムの意義を深める。同時に、このプログラム実施にとって、彼の立ち位置の重要性も深く認識させる。

 そして、この刑事施設からの発信は、「塀の外」に暮らす私たちに、大きな問いかけをしている。受刑者一人ひとりが背負ってきた人生と家族は、私たちに無縁のものだろうか。罪を犯したとされるその人たちも、傷つき、あるいは被害を被ってはいなかったのか。今は「塀の中」に在る彼女たちも、私たち社会の一員であり、いつかまた「塀の外」で生きていかざるを得ない存在であるということに気づくとき、私たちは、どのように、ともに生きることができるのか。

 こんなにも、読者のちからを欲しいと思う本はない。
今回の出版に携わった私たちは、受刑がもたらすプライバシー保護のため、12年間のプログラムに参加した70人以上にも及ぶ人々に、直接この本を手渡すことも、刊行を知らせることもできない。
 だからこそ、広い読者に届けたい。刑務所の中でこんなふうに自身と家族を、人生を見つめ直している人たちがいる。絵本には、そんな人たちを互いに支えあわせるきっかけとなるちからがある。そこにいる一人ひとりが、私たちと同じ社会に生きる人である、と。  そして、同じ空の下、今どこかで生きている絆プログラムに参加した受講生に、あなた方のつぶやきのような言葉は、たしかに私たちに、社会に届いている、と伝えたい。  (みわ・ほうこ かもがわ出版編集者)


■書誌データ
『女性受刑者とわが子をつなぐ絵本の読みあい』
編著者 村中李衣   
著 者 中島 学
出版社 かもがわ出版
刊行日 2021年6月30日
A5判 並製 192ぺージ
定価1980円(本体1800円+税)
ISBN 978- 4-7803-1162-4 C0036