
今、世界の若者たちが地球を守れというアクションを起こしている。気候変動やコロナ禍は自然破壊が生み出したものであり、地球環境が危機的な状況に陥っているからだ。二酸化炭素の排出をはじめ、水俣病などの公害問題、原発や軍事基地や戦争、とくに原爆は地球破滅に繋がる象徴そのものといえよう。大田洋子の原爆文学はこのような事態に陥った今日に甦り、今を問い、未来に発信する記憶として語り継がなければならない。
今年の8月16日に、核兵器禁止条約発効年にちなんで、『「人間襤褸」「夕凪の街と人と」大田洋子原爆作品集』を刊行したが、昨夏刊行した『「屍の街」大田洋子原爆作品集』の続巻である。ともに今日の時代閉塞の現状への抵抗を込めた、出版社との合作の書だ。
長編「人間襤褸」では、原爆による閃光や爆風、黒い雨に襲われる広島全市の惨状ばかりか、焼け跡の闇市、強盗や追い剥ぎの出没、ボロボロになった娼婦など、闇夜と化した破滅の街で生き延びようとする荒んだ人々の姿を描出。とくに「魂のやけどの苦悶」から逃れられず、被害者がより弱者をいたぶるように虫を殺し続け抗鬱剤を常用する女性に人間破壊を象徴させている。「原子爆弾は近代の世界的な性格破産を示したものだ。人類はこれからもっと崩れて行き、最後に精神を破産させてしまう」と、原爆が人間存在を襤褸化してしまう現実が告発されている。
同じく「夕凪の街と人と」では、被爆者対策は放置され、街にそぐわない巨大な大橋や軍用目的のような道路、被爆者をモルモット扱いにするアメリカ原爆調査委員会の豪奢な建物など、公共施設に力を注ぐ見せかけの復興のありようを描く。被爆者の多い貧民窟じみた住宅は、家中になめくじが這い回り、土手の不法居住者の小屋には便所も水道もなく、糞尿が散乱し、「失人間」化しているばかりか立ち退き命令まで出る棄民政策がとられる始末だ。黒い雨による被害者は戦後76年の今日に至るまで放置されていた。
短編「半放浪」は、日本の敗戦の実態を突きつけ、アジアを侵略した植民地支配の記憶も甦らせ、日本の加害と被害の両様を見つめている。また、不条理の極地ともいうべき原爆を摘発する過激な批評精神に満ちたエッセイ9篇。例えば、日本への最初の原爆投下はアメリカの極東政策の一段階であり、米国の幸福のためにも最大の反省をもって極東諸国から手を引くべきであり、世界中の怨恨を浴びる前に戦争準備を中止すべきであると言及し、21世紀の今日に通底する提言だ。広島ばかりか長崎にまで原爆投下したアメリカを憎悪するとともに、自国の政府が戦争という手段を選ぶような政治を遂行したことを憎むと抗議し、まさに新冷戦の危機にある日米安保・地位協定を串刺しにする発言である。現代の問題そのものに繋がる大田洋子原爆文学の今日的意義は大きい。
◆書誌データ
書名 :「人間襤褸」「夕凪の街と人と」大田洋子原爆作品集
著者名:大田洋子
編集名:長谷川 啓
頁数 :508頁
出版社:小鳥遊書房
刊行日:2021/8/11
定価 :3960円
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