
日本人にとって朝鮮戦争とはどのようなものだったのか。本書では、船員と新聞記者の体験や語り、記録を通じてそのことを考えます。その調査と考察の途中で私はたまたま自分の暮らす地域・武蔵野の在日朝鮮人の方々と「出会い」、残された痕跡と遭遇しましたが、そのことによって生じた私自身の思考のプロセスも合わせて記しました。
日本では朝鮮戦争についての記憶はほとんど語られることがありません。あったとしてもその記憶は間接的で朝鮮戦争の非軍事的な側面に焦点が当てられることが多く、特需と結びつけた語りが主流です。
しかし一方で、朝鮮戦争は、在日アメリカ軍の固定化と日本の再軍備への直接的な引き金にもなりました。スタートしたばかりの「平和国家」日本が敗戦後からたった五年で形骸化し始めたという意味では、朝鮮戦争は戦後日本のあり方を規定したと言えるほどの出来事だったのです。にもかかわらず、なぜ、日本社会では朝鮮戦争は語り継がれてこなかったのでしょうか。
日本社会における朝鮮戦争の忘却についてはもう一つ気になる側面があります。日本では朝鮮戦争を一九五〇年に始まって一九五三年に休戦協定が結ばれた戦争という捉え方が一般的ですが、それ以前から既に朝鮮半島では左派と右派の分断と暴力を伴った対立があり、その対立の要因を辿ればそれは日本による植民地支配につきあたります。ほんのすこし遡ってみれば、解放後の朝鮮半島に日本が無関係でないことが見えてくることになるのですが、朝鮮戦争についてこのように振り返る人は日本社会では稀です。
日本社会はなぜ朝鮮戦争を忘却してきたのか、あるいは朝鮮戦争のどの側面を忘却してきたのか。私はそのことが知りたくなっていきました。一九五〇年当時の日本の人々が朝鮮戦争をどのように受け止めていたのかということにアプローチする中で、「小さな歴史」を紡いできた様々な人に直接、間接に出会うことになります。それは「あったことをなかったことにされたくない」という声との出会いでした。これらの出会いを通じてこれまで共有されずに忘却されてきた出来事を知るとともに、私自身のうちにあったこれまでの記憶のあり方は揺さぶられていきました。
(ごろうまる・きよこ)
◆書誌データ
書名 :朝鮮戦争と日本人 武蔵野と朝鮮人
著者名:五郎丸 聖子(ごろうまる・きよこ)
頁数 :224頁
刊行日:2021/10/17
出版社:クレイン
定価 :1980円(税込)
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