
「闘いは本格化した。レイチェルは放射線治療を受けながら、転移したがんとも闘っていた。そして弁護士は、『沈黙の春』にいきり立った化学業界との闘いに向けて準備を進めていた。『ニューヨーカー』誌は『沈黙の春』の連載をやめるよう圧力を受けたし、単行本の発行元であるホートン・ミフリン社には、この本は資本主義を砕くための左翼の陰謀の一環だと難癖をつけ、出版したら訴訟を起こすと脅しをかける手紙が届いた」(第2章 レイチェル・カーソン p. 56より)。
第2章で紹介されるレイチェル・カーソン(1907~1964年、アメリカ)は、代表作となった『沈黙の春』で、農薬(DDT)に利用されている化学物質の危険性を世の中の人々に知らせた生物学者・作家である。
「こんなに美しい文章を書くことができるのは女性であるわけがない」とか、「未婚の女性がなぜ遺伝のことを心配するのか」など、女性への暴力的な発言や圧力が横行した時代だった。
本書は科学の分野で大きな貢献をした10人の女性科学者の生涯を紹介する。広く知られているのは生物学者のレイチェル・カーソンと2つの元素を発見した物理学者で化学者のマリー・キュリー(1867~1934年、ポーランド)。ほかの8人は、ノーベル賞を受賞した人もいるが大半はそれほどでもない。国も性格もさまざまだが、生まれた年がほぼ50年におさまっていて、とくに、1906年から1918年の12年間に多い。10人はみな他界している。時間的な距離を置くことで、女性たちが成し遂げた実績に集中できた、と自身も女性科学者である原作者のひとりは語る。
核分裂を発見したリーゼ・マイトナー(1878~1968年、ドイツ)と、神経成長因子を発見したリータ・レービ=モンタルチーニ(1909~2012年、イタリア)は、ナチスドイツの追跡から辛くも逃げる場面があり、はらはらさせられた。
周期的に明るさが変化する変光星の研究で天文学の基礎を確立したヘンリエッタ・リービット(1868~1921年、アメリカ)は、存命中はほとんど評価されず不遇な環境のもと、53歳で生涯を終える。逆に成長因子を発見したリータは、ノーベル賞を受賞し103歳の天寿を全うした。
10人に共通する特徴もある。幼い頃からのあくなき知識欲、粘り強さ、正確な実験操作、知的なものに対する集中力、信念を曲げない気性、洞察力。これらの特徴は彼女たちの業績に大きく貢献した。
本書は女性科学者の「生涯」に焦点を当てているので、文系理系問わずに目を通せる内容になっている。十人十色の生きざまに引き込まれる。原作者はイギリス人の生物学者と天文学者の2名、翻訳者は理系読み物を多く手がける女性。(さくまじゅんこ・編集者)
◆書誌データ
書名 :世界を変えた10人の女性科学者――彼女たちは何を考え、信じ、実行したか
著者名:キャサリン・ホイットロック、ロードリ・エバンス著 伊藤伸子訳 大隅典子解説
ペー数:360ページ
刊行日:2021/8/28
出版社:化学同人
定価 :2860円(税込)
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