夫婦の「姓」の歴史はどの国も、家父長制からの脱却だった

世界7カ国(イギリス、アメリカ、ドイツ、フランス、ベルギー、中国、韓国)の夫婦・親子の名字事情を、在住者である日本人ジャーナリストたちが調べて書いた力作。立法府に法改正を訴える身として、2021年最新の各国事情を語れるのは大変ありがたく、裏付けを与えてくれた著者の皆様に心から感謝する。

各国ともに生涯1つの氏名で生きられることはもちろんのこと、同姓、連結姓や創姓、中にはオンラインで氏名変更できる国まで多彩だ。
ただ一つ各国に共通して言えることは、文化がまるで違う欧米(キリスト教社会)と東洋(儒教社会)でも「幼いうちは父に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従え」という封建的家父長制が存在したことだ。名字は支配の装置として機能している国が多かった。

女性から権利を奪い、庇護されるだけの存在に押し込めたカトリックの「カヴァチャー」という概念、それを1804年明文化したナポレオン法典は、まさに明治民法の「家制度」と瓜二つだった。女性は法的無能力者であり、父や夫の許可なしに労働したり、自分の給与を使用したり、財産管理することさえ許されなかった。

海を超えてそれが伝わった自由の国・アメリカでさえ、女性はかつて結婚すれば「ミセス・夫のフルネーム」となり、生来の氏も名も失った。既婚女性は夫の姓で登録しなければ選挙人名簿から外される法律があった。女性たちの訴えによって、各州でこの法律が撤廃され始めるには、1970年代まで待たなければいけなかった。

中国や韓国でも、女性は儒教的思想により父系家族制度の下に置かれた。韓国に至っては、帝国日本の監督下で「戸主制」、そしてもともと韓国になかった「夫婦同姓」を強いられた。女性たちは結婚しても「家」の外の者として扱われたが、中国は早くも1950年男女平等の原則に基づいた婚姻法を制定。韓国は1945年終戦でもとの夫婦別姓を取り戻したものの、日本支配の置き土産である民法を是正するために、女性たちは戦い続けた。1989年の家族法改正、そして2005年、やっと戸主制が廃止された。

各国ともに一歩一歩、法改正で女性差別を撤廃していきつつある歩みを本書で追体験できる。日本が先進国として周回遅れの最後尾にいることは間違いない。

本書には古代ギリシャ・ローマまで遡る世界史や宗教史、はたまた家庭内のしきたりや結婚の慣習など、人類学、民俗学の分野にあたる知識も豊富ながら、決して資料的な書き方ではなく、読み物として抜群に面白い。お上の采配が庶民の生活にどう影響してきたか、民衆の息遣いが伝わってくる。

何より、それぞれの国で根を張って生きる筆者たち、それを取り巻く現地の人々の夫婦・家族関係がなんと豊かな多様性に満ちていることか。日本が名字一つで40年もゴタゴタ言っている間に、同性婚を可能にした国はどんどん増え、同性カップルの家庭で育った女性首相も、LGBTQの閣僚も生まれている。「名字が同じでないと家族の一体感がない」「子どもがかわいそう」といった選択的夫婦別姓反対論の主張など、その意味さえ理解されないと、筆者の多くが明言している。

国連女性差別撤廃委員会が再三勧告している通り、選択的夫婦別姓は、普遍的な人権の話だ。「本人の願う幸せ」ではなく一部のカルトな人たちの価値観で「こうあるべき家族のカタチ」を全国民に押し付け続けている国には、やがて人材も投資も集まらなくなるだろう。少子化は進み、優秀な頭脳が流出し、経済的にも沈んだままになるのではないか。私はそんな危惧を抱いている。

どの国でも、夫婦同姓義務の廃止とは、基本的人権を女性にも同等に認めることと同義だった。

どの国でも、今の日本とそっくりな議論を体験した上で、国を前進させるために法改正していた。

ここに私は一番心を動かされ、確信した。
「日本にだってできるはずだ」と。

第三章、司法(元最高裁判所裁判官・桜井龍子氏)、立法(自民党「選択的夫婦別氏制度を早期に実現する議員連盟」幹事長・鈴木馨祐衆議院議員)、経済界(大和証券グループ副社長・田代桂子氏)の対談からも、それを感じた。
結びに、先日実家に帰ったら、母が本書を図書館で借りて読んでいたことに驚いた。「あなたの話を聞いてもわからないことが多かったけど(筆者苦笑)、選択的夫婦別姓がなんで必要なのか、やっとわかった」との感想が得られた。家父長制観念の中で苦しんできた高齢の母が、本書をきっかけに、自身の経験を俯瞰的に語れるようにもなっていた。これについても、筆者の皆様に感謝したい。

◆書誌データ
書名 :夫婦別姓 ――家族と多様性の各国事情
著者名:栗田路子,冨久岡ナヲ,プラド夏樹,田口理穂,片瀬ケイ,斎藤淳子,伊東 順子 頁数 :318頁 出版社:筑摩書房(ちくま新書)
刊行日:2021/11/10
定価 :1034円(税込)

夫婦別姓 ――家族と多様性の各国事情 (ちくま新書)

著者:栗田 路子

筑摩書房( 2021/11/10 )