2011.03.10 Thu
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『日本のフェミニズム』増補新版には、1994年度版にはなかった新しいテーマとして、本巻の『グローバリゼーション』があらたに組み込まれた。このキーワードから見たとき、日本のフェミニズムはどのような様相を帯びるのだろうか。
従来フェミニズムの歴史は、第一波フェミニズム、第二波フェミニズムと整理されて説明されてきた。しかし、伊藤るりは冒頭、「国境を越えるフェミニズムやマイノリティ・移住女性に関わるテキストを取り上げる本巻の場合、『第二波』という括りでは捉えがたいフェミニズム群が、いくつも星雲のように認められる」(3頁)と述べる。
伊藤によると、1970年代に日本のフェミニズムはすでに国境を越える兆候を示していた。そのひとつが、70年安保・ベトナム反戦・沖縄返還という社会運動をアジアの民主化運動と結び付けようとする動きのなかで、女性独自の視点からその連携を追及していこうとした立場であり、もうひとつが、「国連女性の10年」のなかで、日本のフェミニズムがグローバル・フェミニズムと出会い大きな衝撃を受けたことである。当時はまだ定かではなかったかもしれないが、現在の地点からははっきりと、グローバリゼーションのインパクトが日本のフェミニズムにも及んでいたことがうかがい知れる。本書に収められたテキスト群を読み進めると、わたしたちの思考回路もまたナショナルな枠組みに捉えられがちであったことに気づく。ローカルな地点で起きていると思われた諸現象が、他の地点で起きていることと連動し、共鳴し、相互作用しあっていたことがあらためてよく分かるからだ。問題認識のトランスナショナルな共通性や同時代性がくっきりと浮かび上がってくるのである。
とりわけ、1990年代の慰安婦問題と「女性国際戦犯法廷」の軌跡はその格好の事例だろう。それは日本国内ではフェミニズムに対するバックラッシュを引き起こし、戦争責任問題との関わりから多くの議論を引き起こしたテーマでもあった。しかしいったん日本から離れて1990年代の国際情勢を眺めると、冷戦の終焉とソ連崩壊の余波のなか旧ユーゴスラヴィアやルワンダなど各地で「新しい戦争」(M・カルドー)が起き、戦争犯罪、とくに女性に対する戦時性暴力がクローズアップされた時期であった。難民・国内避難民の増大は国連の関与を増大させ、NATO軍による「人道的介入」はその正当性の疑わしさから議論を紛糾させた。また、旧ユーゴスラヴィア国際刑事裁判所やルワンダ国際刑事裁判所を経て、2003年に国際刑事裁判所(ICC)が創設されるに至る流れのなかで、戦時下に起きる暴力を「戦争犯罪」として処罰するという機運が高まった。1990年代は、国際社会が戦争の暴力に対処するために試行錯誤を重ねた時代であった。「慰安婦」問題は、ある意味ローカルかつ過去のテーマでありながらまさに現在の問題であり、戦時性暴力を含む「戦争犯罪」を「犯罪」として捉え返し処罰の対象としていこうとする国際社会の強い意志と軌道を一にしていたものといえるのである。
同様に住友裁判も、日本社会にはびこる女性差別の慣行というローカルな問題が、グローバルな文脈と大きく関連していた事例である。ワーキング・ウィメンズ・ネットワーク(WWN)は日本企業の女性差別と闘うために、女子差別撤廃条約を徹底的に活用し、1995年の北京女性会議を見据え、またCEDAWの支援をとりつけるべく戦略的に行動を取っていた。日本の社会的慣行としてまかり通っていた企業における間接差別を撤廃していくために、WWNは国際的な支援を有効に活用していくのである。それは、ナショナルなレベルでは妨害にあうグループがネットワークをもちいて他国や国際機関に影響を及ぼし、外部からの支援をうけながらジェンダー・バイアスのかかった国内の慣行に変化を促す「ブーメラン効果」の好例とみなせるのである。
本書に通底しているのは、「日本のフェミニズム」が依って立つこの「日本」の在り方を、外部からの、そして境界域からのまなざしによって問う視点である。韓国をはじめとするアジア地域の女性たちとの連携の模索、「国連女性の10年」のなかでのグローバル・フェミニズムとの接触、父系優先血統主義の日本国籍法批判、沖縄の基地問題にからむ無国籍児の問題、さらに日本にやってくる移住女性労働者の不安定な立場や人身売買の問題、また指紋押捺反対闘争運動など、この国に住まう、またこの国と関わる女性たちの、女性であるがゆえに被る様々な差別やジェンダー・バイアスが個々の事例には刻み込まれている。同時に本書は、そうしたジェンダー・バイアスへの挑戦と異議申し立ての積み重ねが「日本のフェミニズム」を形作ってきたことを明らかにしている。だがグローバリゼーションの視点からみたとき、これらの積み重ねはまだほんの序章にすぎない。グローバリゼーションのもたらす現在進行形のダイナミズムは、否が応でも「日本のフェミニズム」に新しい課題と困難をつきつけてくるだろう。しかしそれは同時に、新しい連帯と新しいパースペクティヴを拓く可能性を与えているともいえるのである。
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