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4.9 女と体と老いと 矢野久美子
2012.06.08 Fri
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Yukiさんの「もったりを愛そう」に賛同しつつも、女性の体ということで今のわたしが連想するのは、映像や文学作品のなかで描かれた中年女性の体が多いことに気づいた。そんなことからも、やはりわたし自身が中年女性なのだな、とあらためて思う。 数日前の新聞で漫画家伊藤理佐による「ジーパンってさ、わたし、はかなくても、よくない?」という文を見て、そうだったのか、と開眼したのも、テレビドラマの『最後から二番目の恋』で小泉今日子の堂々たるジーパン姿に安心したのも、自分の年齢のせいなのか。
でも十年以上前に見た松井久子監督『ユキエ』では、倍賞美津子演じる在米日本人女性の、アルツハイマー病に侵される前の姿が映されるときのたくましい二の腕が、映画のストーリーよりも目に焼きついているし、堤幸彦監督『明日の記憶』では、主人公の渡辺謙の演技よりも、妻役の樋口可奈子のゆったりとしたお腹回り(そう映っているだけかもしれないが)がなぜか印象に残っている。その一方で、斎藤明美が高峰秀子について書いた文章のなかでは、晩年の彼女の後ろ姿に見る足の細さのくだりを覚えているし、加藤健一事務所『川を越えて、森を抜けて』では祖母役の竹下景子の足の細さ(老いの演技)に目を見張った。自分が中年になるのと同時に、母や親しい女性たちは当然ながら年齢を重ねていく。彼女たちの健康状態は当然その体の変化にもあらわれ、わたしはその身体を観察しがちになる。アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.
水村美苗『母の遺産――新聞小説』でも、介護のリアリティや後半箱根の部の小説の真骨頂に感嘆しつつも、衰えてゆく老母の身体の描写や、みずからも問題をかかえ疲弊してゆく主人公の体についての叙述が記憶に残る。二度目の大骨折で心身を病んだ老母は、「なぜか胴回りは太いまま、布団の上に出ている手首は鶏のガラのように痩せてきていた」。「使っていた鎌倉彫の手鏡は……鶏のガラのような手首には重すぎた」。他方、娘である主人公は、冷房病を患って以来、とにかく体が冷えるのだ。鍼に通うほか、漢方薬、抗不安剤、睡眠薬などで必死に耐えるその彼女に、「老いた母」が「おんぶお化け」のように重くのしかかる。
わたしの父方の祖母はわたしが三歳のときに亡くなり、遊びに行ったときに「だれにも言うなよ」とお小遣いをくれた母方の祖母も、今から一七年前に亡くなった。だからわたしは高齢者と長く暮らした経験はないのだが、ドイツに九六歳と九四歳の親しい女友達がいる。彼女たちが七〇歳のときに知り合い、それぞれが娘たちと住む家はドイツに行くたびに必ず帰る家となっている。みんなの体と生活の変化は、わたしの歴史の一部にさえなっている。遠くに住むわたしは、娘たちの日常の負担を軽減することができない。みんな歳をとる、わたしも。もうちょっとだけジーパンははきたいけれど。
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このエッセイの最後に、ノーマ・フィールド『へんな子じゃないもん』の冒頭にある石垣りんの詩「杖突峠」を引用しておきたい。
信州諏訪湖の近くに 遠い親類をたずねた。
久しぶりで逢った老女は病み 言葉を失い 静かに横たわっていた。
八人の子を育てた 長い歳月の起伏をみせて その稜線の終わるところ
まるい尻のくぼみから 生き生きと湯気の立つ形を落とした。
杖突峠という高みに登ると 八ヶ岳連峰が一望にひらけ
雪をまとった山が はるかに横たわっていた。
冬が着せ更えた白い襦袢の冷たさ、衿もとにのぞく肌のあたたかさを
なぜか手は信じていた。
うぶ毛のようにホウホウと生えている裸木 谷間から湧き立つ雲。
私は二つの自然をみはらす 展望台のような場所に立たされていた。
晴天の下 鼻をつまんで大きく美しいものに耐えた。
次回「加齢する身体、加齢する精神。」へバトンタッチ・・・・つぎの記事はこちらから
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