2011.07.06 Wed
今回の「突撃!隣のフェミニズム」では、女性の安全と医療支援ネット 性暴力救援センター・大阪(通称SACHICO)の代表、加藤治子さんにお話しをお伺いしました。 SACHICOは日本で初めての24時間体制での性暴力被害に対してのワンストップセンターで、警察や弁護士などとも連携しながら心理的対応・医療対応などを一カ所でおこなうことにより、被害者の負担を少なくしながら、迅速な対応を行っています。
2011年4月で開設1年になり、6月12日(日)に大阪、阿倍野区民ホールにて、「性暴力救援センター・大阪1周年記念のつどい」が開かれました。 この準備で忙しい加藤さんのところにムリヤリ(?)インタビューに押しかけ、お話しを聞き、また、「つどい」に参加させていただきました。今回は、インタビューでお聞きした情報と、「つどい」での報告とを再構成して、SACHICOの活動についてお伝えします。
WAN:SACHICOが設立された経緯からお話しいただけますか?
加藤:私は1975年から阪南中央病院に産婦人科医として勤めております。ここでの診療を通じて、性暴力被害という問題に直面したのです。そこで、産婦人科、小児科の医師や、精神科医師などとともに、性被害を受けた女性たちの医療について勉強会をはじめていました。 その中で、外国には既に存在していたワンストップステーション、性暴力被害者に対し1か所で医療的、法律的、心理的なサポートができる総合的支援の必要性を強く感じるようになりました。 2009年6月に、その勉強会が発展する形で、女性の安全と医療支援ネットというネットワークを形成し、SACHICOの準備室を立ち上げたのです。28人の医師や、法医学者、弁護士、カウンセラー、草の根の女性活動家達からなる準備室です。そして2010年4月阪南中央病院内にSACHICOを開設することができたのです。
WAN:阪南中央病院の中ということですが、ずいぶん病院の理解があったということですね。
加藤:そうですね。阪南中央病院は、もともと同和対策事業でつくられた総合病院で、全般的に人権意識が高く、社会的リスクをもっている人たちに対する医療について関心も高く、実績も積んできた病院です。だからこそ、協力を得られたのだと思います。 病院に開設できたということにはいくつかのメリットがあります。 24時間の相談体制が必要であると同時に、産婦人科的な医療体制もまたどうしても確保しなくてはならないことでした。阪南中央病院の産婦人科はお産を扱っており、24時間の医療体制がすでに組まれていたのです。 しかも、病院ですので、セキュリティという意味でも比較的安全な場所を確保することができます。また、必要により他科の、たとえば精神科や整形外科などの診療科につなげることができます。 それで、阪南中央病院の既存の産婦人科外来とは別の所に、特殊外来のような形で場所を確保してもらいました。
WAN:SACHICOのミッションについて、教えてください。
加藤:設立趣意書をご覧いただきたいんですが、SACHICOには、3つの基本的なミッションがあると考えています。
一つ目は、被害直後からの総合支援を行うということです。24時間体制で相談をうけ、被害者によりそいながら、必要であれば産婦人科医療や、カウンセリング、法的支援、警察などと連携して支援を行っていきます。
二つ目は、この総合支援においては、あくまでも被害者自身が、警察に行くか行かないか、診療を受けるか受けないかなど、選び決めていきます。そういう形で当事者が自分で決めるということを大切にした支援にしようとしています。
三つ目は、SACHICO自身が、性暴力のない社会にしていくための社会変革運動を担っていくという役目もあると考えています。 性暴力とは、「同意のない・対等でない・強要された性的行為はすべて性暴力」と考えています。その中には、1)レイプや強制わいせつなどの性暴力、2)子どもを対象とした性虐待、これは保護的な関係にある父親、兄、祖父などによるものを意味しています。そして3)DVとしての性暴力があります。これらはいずれも、女性の性を踏みにじり、人間としての尊厳を脅かすという意味で、同質のものです。ただ、加害者と被害者との関係性が違うというだけのことなのです。
WAN:具体的にSACHICOはどのように支援を行っているのでしょうか?
加藤:性暴力被害者がSACHICOに電話をかけてこられます。そこには支援員がいて電話でお話しを聞いて、それから面談ということになりますと、SACHICOにきていただくことになります。そこでさらにお話しをすることになります。多くの方は電話だけで「安心しました」ということで終わる場合もあるんですけれど、状況により「ぜひお越しください」と言いまして来ていただくことになります。で、そこで産婦人科の診療を希望されますと、医師を呼びます。産婦人科医師は24時間常駐しているんですけれども、男性医師が当直の場合は、女性医師が家から出てくるというシフトを組みまして、女性医師による診療ができるようにしています。さらにカウンセリングやケースワーク、精神科医師の診療など、必要に応じて対応することになります。そして本人が警察に被害を通報するという意思を示された場合には、SACHICOから警察に連絡をし、所轄の警察官に来てもらいます。後日、その気持ちになられた場合にもその時に通報するということになります。 また、警察に飛びこまれた被害者の方は、そこで事情聴取をうけ、診療を受けましょうということでSACHICOに連れてこられることになります。さらに、いろいろなネットワークにつながっていくという形になります。これが「女性の安全と医療支援ネット 性暴力救援センター・大阪(SACHICO)」のしくみになります。
WAN:他の機関との連携についてはいかがでしょうか。
加藤:他の機関との連携についてですが、警察は捜査一課(ウーマンライン)と連携しています。 また、大阪弁護士会の22名の弁護士(うち男性1名)も、2名づつで2週間ごとの待機シフトを組んでいただいています。非常に心強く、「こう言ったケースに対してはどうしましょう」といった相談だとか、本人が希望した場合には、「相談にのっていただけますか」とお願いしてOKが出れば、直接相談に行ってもらうということをしています。
大阪弁護士会からはこの1月にSACHICOに対し、「大阪弁護士会人権賞」というものをいただき、たいへん光栄に思っています。 大阪府、大阪市、堺市、滋賀県などの児童相談所とも連携をしております。性虐待を受けた子どもさんの診察というのはなかなか対応してくれる医療機関が見つからない、ということもありまして、遠くは滋賀県からも高速を使って走ってこられるということもあります。
それから、草の根の女性団体であります「ウィメンズセンター大阪」「性暴力を許さない女の会」が、非常に大きな役割を担ってくれています。これらの女性団体が、カウンセリングを担当し、支援員の養成と育成も行ってくれています。現在約40名の支援員で24時間体制のシフトを組んでいる状態です。
WAN:SACHICOで対応しておられる医療について、もう少し詳しく教えていただけますか?
加藤:SACHICOにおける産婦人科医療という点ですが、こころとからだの救急医療を行っています。被害者の初期対応が非常に重要です。まず緊急避妊対策が必要です。72時間以内であれば、緊急避妊薬を飲むことによって妊娠をほとんど回避することができます。また、性病についての検査と予防、それから外傷の治療と、妊娠してこられた場合には妊娠への対応もしております。そして、眠れているか、食べられているかなどに注意しながら、心のケアを行っております。それから、加害者対策としまして、証拠採取ということをします。精神科、整形外科などの関連科への紹介などもおこないますが、これらはすべて被害者の同意を得たうえで行うということにしております。
SACHICOには、入口をはいるとまず待合室がありますが、その奥の扉を開けますと、面談室になっており、ここでゆっくりとしてもらいながら支援員がお話しを聞きます。ちょっと横になってもらうことも可能です。その奥にあるのが診察室です。子どもさんなどはまっすぐ寝た状態で診察することも可能ですし、内診もできます。診察室の奥にはトイレがあり、シャワールームもあります。被害を受けて直接そのまま来られた場合には、証拠採取をしてから、シャワーを浴びて着替えていただくことができるようになっています。
WAN:実際この一年間でどれくらいの、あるいはどのような利用があったんでしょうか。
加藤:SACHICO開設一年の様子ですが、電話回数は1463件です。これは非常に多いようにみえますが、無言電話もたくさんあります。ただ、無言でなかなか声にならなくってそのうち声が出せるようになる方もおられますので、無言だからと言ってすぐに切るというようなことはせずに、じっと聞き、相手が切れば切るというようにしています。
来所件数は387件です。そのうち初診人数は128人です。被害後すぐに性感染症の検査をしても、3週間後にもう一度検査をしなくては、性感染症について大丈夫ということは言えません。特にHIVの感染については9週間後に検査をしないと大丈夫ということは言えませんので、延べの来所件数は多くなります。
128人の内訳は、レイプ・強制わいせつ78人、性虐待36人、DV6名、その他8人という状況でした。このレイプ・強制わいせつについては、被害内容、レイプ被害が62、強制わいせつが16ということで、一応分けていますが、被害を受けた側からすると分ける意味はないと私どもは考えております。たとえば、口に男性器を入れられた、というようなケースは、レイプとどこが違うんだろうか、と思ってしまうんですけれども、現在の刑法ではずいぶん罪が違います。
レイプ・強制わいせつの被害の方78名の年齢については、4歳よりも小さい子から、10代が最も多く20代の前半までに集中している状態です。
この78名のうち、通報した人は37人で、約半分の方が通報しておられます。ところが、被害届まで出された方は、6件、その中で逮捕されたものが4件です。この数字は、被害を受けた方から聞いた情報をもとにしています。 それほど通報や被害届が多くないという状況について、当事者から聞いたところでは、一つには加害者が知人のため仕返しが怖い、というのがあります。あるいは、相手の家庭事情を考えてしまう、ということをおっしゃった方もおられました。相手の妻に子どもができることを知っているので言えない、とか、相手のその後の人生のことを考えると、被害届を出せない、ということをおっしゃる方もいました。どうして?と思ってしまうこともありますが、多くの方が相手の事情を考えてしまうんですね。それから、「自分も悪かったと思う」「お酒を飲んだから悪かった」「いっしょにいたから悪かった」という風に自分のことを責めてしまう方もおられます。また、相手の人生を自分が変えるのはこわい、という意見もありました。つかまると人生が変わってしまいますが、それが自分が言ったためとなるのが、怖い。それから、被害のこと、相手のことを思い出したくないから、だから通報しない、警察の事情聴取がつらい、といった声も聞かれました。
すでに妊娠してこられた方は10人ですが、レイプ被害62人のうち10人が妊娠してこられているということですので、逆に考えますと、SACHICOに飛び込んでこられるのは、本当にどうしようもない、という方で、おそらく、妊娠に至らなかったので来られなかった、という被害者の方も多く潜在しておられるのではないかと推察しております。
入院治療した人は3人、弁護士に紹介した人は11人、という状況でした。
この方たちがどういう時間帯に相談に来られたのか、ということも調べてあります。直接来所された9人をのぞき119人をみてみました。9時~20時という昼間の時間帯と20時~9時という夜間の時間帯とを比べてみました。この時間帯にどうして分けたかというと、実は愛知県に警察主導のワンストップステーション「ハートフルステーション・あいち」というモデルケースがあるわけですけれども、そこでは、この9時~20時という時間帯に相談と診察を受付ております。ですから、そのほかの時間帯とこの時間帯とを比べてみようと出してみたのでした。それから、そちらは土曜日曜と祝日は閉じておられるので、土日祝日はどうかということも比較してみました。
だいたい1/4から1/3が夜間の時間帯に電話をかけてきているということが分かります。それから来所の日時につきましては、やはり1/4から1/3が土日ならびに夜間に診療を受けているということが分かります。
WAN:やはり24時間365日体制ということは大切なんですね。この1年間で確認できた成果についてもう少しお話しいただけますか。
加藤:この1年間で確認できたことですが、まず24時間体制で需要があるということが確認できました。休日や土日の利用もあるということです。
それから救援センターを産婦人科の病院に設置するということのメリットも認められます。産婦人科的救急対応を24時間体制でできること、それからその後の診療もそこですることができることが、再診率を高めていると思います。SACHICOの場合には、再診率は90.4%で、非常に高い再診率を得ています。これは、通常の産婦人科ですと、妊婦さんなどと一緒に診療を受けるということになり、被害を受けられた方は非常に来にくくなってしまうわけですが、別室があるということで、再診率が高くなっているのだと思います。また、再診の必要性を説明できる支援員がそこにいるということが非常に大事です。それから、中絶をその場で受けることができる、それから被害者のプライバシーを守ることができる。病院という組織の中にあることによって、比較的それらがうまくいっているように思われます。それから他科への紹介ということもできますので、本当に阪南中央病院の理解があったからこそなんですけれども、こうして病院に設置することができて良かったと思っております。
また、ネットワークの重要性が確認できました。当事者の必要性に応じて、精神科、カウンセラー、弁護士、警察、児童相談所などと連携がとれました。
WAN:すごいですね。
加藤:成果もあるんですが、課題もいっぱい見えてきました。一つは支援員の養成と育成についてです。これはウィメンズセンターが中心になって非常によくやってくれているわけですが、現在40名いますが、これで24時間のシフトを組んでいくというのは、とっても大変です。この支援員は、交通費にもならないような有償ボランティアで来てくれています。本当に頭が下がるような熱心さなんですが、皆さん生活があるなかで参加してくれていますので、実際に24時間のシフトを埋めるというのはとても大変なことです。
産婦人科の女性医師、現在阪南中央病院の6人の女性の医師が入っているわけで、シフトを組んで協力してくれているわけですが、ただ普段から臨床的な業務がとても多く仕事をしている人たちですので、それに加えて被害の人たちをみることの業務上の負担増というのは確かにあります。被害の人たちをみる、ということは初診を担当するだけで、1時間くらいはかかるわけですね。そういった状況の大変さと、もしその方が裁判になった場合は、医師として裁判で証言しなくてはならない場合もあるという負担があります。
WAN:運営費はどうされているんですか?支援スタッフは交通費程度のボランティアということをお聞きしましたが、医師についてはどういうことになっているんでしょうか。
加藤:医師は阪南中央病院の特別別室ですので、業務として対応しています。 ただ、それ以外は寄付による運営をしているので、そのことの限界というのを感じています。
WAN:これは、本当に大変なことですね。公的支援があってしかるべきですが、ないんですか。
加藤:公的な支援がぜひ必要だと思っています。
WAN:その他の課題というとどんなことがあるでしょうか。
加藤:そうですね。警察との関係もまだまだ調整が必要です。警察は、事件性がなければ、被害とみなさない、という傾向があります。私たちからみればこれは明らかな被害と思われるケースでも、警察の方からは「あんたかていっしょに酒飲んだんやろ」という感じで「それで事件性があるといわれてもね」といわれてしまうと、ご本人は自分が悪かったと思ってしまうわけですね。という風に、まだまだ性暴力に対する意識の落差が警察との間にはあると感じております。
それから、まだまだ私たちが力量不足であるということが課題としてあります。又、SACHICOは日本で初めて、ということになっているんですが、1カ所だけではとても足りません。全国各地のさまざまな病院の中に、支援員がいる性暴力救援センターがつくられる必要があると考えます。
性暴力被害は、女性の生きていく力と、性というものに対する大きな侵襲をもたらすものです。女性のリプロダクティブ・ヘルス・ライツを侵害するものです。このリプロダクティブ・ヘルス・ライツを回復していく、権利を実現する過程、これがSACHICOという支援の基本であると考えています。 一年間なんとかやってきましたが、課題もたくさんあります。今後、よりよい支援をして行きたいと思っている現状です。みなさまからのご支援をいただきながら、このSACHICOの取り組みがますます発展し、また全国に広がっていくことを願ってやみません。
WAN:課題も多くあるということですが、本当に意義の深い活動をされていることが分かりました。WANとしても、「性暴力のない社会」をめざす活動の一端を担いながら、SACHICOが安定的に運営できるような環境を整えることや、多くの場所にSACHICOのような場所が創設されて行くために、微力ながら協力していけたらいいな、と思っています。本日は、本当にお忙しい中、ありがとうございました。
(インタビュアー・構成 古久保さくら)
カテゴリー:団体特集
タグ:DV・性暴力・ハラスメント / 性暴力 / 産婦人科 / SACHICO