
第3回WAN博士論文検討会 開催報告
WANでは、性差別の撤廃・ジェンダーバイアス解消の課題認識を含む、または反差別の立場からセクシュアリティに関する新しい知見を生み出している博士学位論文の情報を収集し、「女性学・ジェンダー研究博士論文データベース」に登録・公開し、広く利用に供しています。同データベースに登録されている論文または博士論文に基づく著書を、多様なバックグラウンドをもつWANのコメンテイターが読み、コメントし、意見を交わす機会を設け、執筆者に、大学や学会とは異なる、研究発展の契機を提供することを目的に「WAN博士論文検討会」を開催しています。その第3回を、WAN女性学・ジェンダー研究博士論文データベース担当と上野ゼミが、以下の通り共催しました。
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日 時:2022年3月13日(日)13:00~16:00
開 催:オンライン
参加者:23名
内 容:
第1部
報 告 濱 貴子『職業婦人の歴史社会学』晃洋書房、2022
コメント WAN副理事長 伊田 久美子 WAN理事長 上野 千鶴子
討 論
第2部
報 告 杉野 衣代『居住支援の現場から 母子世帯向けシェアハウスとハウジングファースト』晃洋書房、2022
コメント WAN女性学ジャーナルコメンテイター 阿部 裕子 WAN理事長 上野 千鶴子
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第1部では、はじめに執筆者濱 貴子さんが著書『職業婦人の歴史社会学』の内容を紹介されました。本書は、戦前期の「職業婦人」イメージの分析を通じて、中流女性と職業をめぐ るジェンダー秩序の形成と変容のプロセスを歴史社会学的なアプローチによって考察し、職業婦人のイメージが、公領域(政治・経済領域)から私領域(家庭領域)へと相対的に包摂されていったこと、また 職業婦人イメージが良妻賢母に包摂されることによって、女性の職場進出のハード ルを下げると同時に、職業アスピレーションを「冷却」することにもなったことを示した労作です。
報告を受け、コメンテイター伊田久美子さんは、特に、「第1部 戦前期社会統計調査における職業婦人の状況」の社会統計調査研究としての意義―戦前期の4つの調査から、データとして現れされた「実態」だけでなく、調査を実施する⾏政の意図の読解に成功している点―を高く評価されました。⽇本の中流男性の近代化を下支えする表裏一体のサブシステムであった「職業婦⼈」と「良妻賢⺟」が、 実際にはもはや破綻しているにもかかわらず、信念として強固に維持され守り続けられている理由を提示し得ていると。次いでコメンテイター上野千鶴子さんは、問いの設定・研究方法・対象が的確で、サーベイが網羅的で徹底的である点、近代家族の形成期に、未婚女子労働力市場の成立/女子労働の周辺化という、女性の就労と婚姻との両立を可能にするジェンダー規範が成立したことを明らかにしたこと点等において、本研究(図書)を高く評価されました。一方、課題として職業婦人の実態を実証したわけではない、メディア/言説分析(第Ⅱ部 職業婦人イメージの形成と変容)の限界、I部の計量分析がII部の質的分析に十分活かされていないこと等を指摘されました。これらを受けての会場討論では、資格専門職等「商業・交通業・ 公務自由業等第3次産業に従事する都市部の若年未婚女性」以外の有職女性にとっての「職業婦人」イメージ、「職業婦人」の親子関係・きょうだい関係等について発言がありました。濱さんは、積み重ねてきた個々の調査研究を博士論文として体系的に統合することにより、より普遍的・大局的な研究視点に立てるようになったと博士論文執筆の意味を振り返り、現在は、「奥むめおの婦人運動における組織マネジメント戦略と社会的ネットワーク形成」等の研究へと取組を発展させておられます。
第2部では、まず執筆者杉野衣代さんが著書『居住支援の現場から 母子世帯向けシェアハウスとハウジングファースト』の内容を紹介されました。本書は、住み込みによる当事者へのインタビューと参与観察により収集されたデータに基づき、DV被害者やホームレス経験者が居住不安定な状況に陥り、その後新たな住まいを得て生活を再建していく過程をホリスティックに明らかにした研究書です。DV被害者支援制度をはじめ法制度・政策の策定・実施運用の根拠資料となることが念頭に置かれています。報告を受け、コメンテイター阿部裕子さんは、暴力被害女性支援と立法・政策関与の長き実践の立場から、シェルターへの緊急一時保護とDV被害者の居住と支援の法制度や、自治体の対応と支援者の課題についてコメントされました。次いでコメンテイター上野千鶴子さんが、本研究のオリジナリティ、Homelssnessを共通点とする対照的な2つの対象群を対象としたことの有意性、これら2群を選んだ理由の明示、質的研究の対象としての必要十分性、論文の構成、先行研究の踏査、ジェンダーを変数とする分析・考察の深掘り等について助言をされました。会場討論では、精神障害者の地域在宅生活支援の実践者、婦人保護事業の実践/研究者から、本研究の知見に関連する現状や課題について発言がありました。杉野さんは、博士論文執筆の意味として、社会的弱者の立場から社会を捉える視点や、今後の社会的弱者⽀援のあり方の展望の獲得等を挙げ、現在は、「コロナ禍の⽀援現場調査」、「東京⼭⾕地域における居住支援」、さらに「東アジア社会的不利地域研究」へと取組を発展させておられます。
参加者アンケートでは、回答者のほぼ全員が、「参加目的が十分達成された」と回答し、次のような感想・意見が記されました(順不同)。
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▪研究としての優れた点や課題が先輩研究者によって指摘され、期待が伝えられ、また、研究知見が実践や制度・政策とつなげて論じられ、報告、コメント、討論いずれも非常に手ごたえがあった。第1部と第2部の組み合わせもよかった。大学でも学会でもないWANにしかできない“博士論文検討会”として発展していくことを期待する。
▪一般の者にも、学位論文を執筆された研究者のかたのプレゼンテーションとそれに対するコメント、議論の場を視聴する機会を提供して頂けることは、勉強したい人間、勉強をやり直したい人間にとって大変ありがたい。また参加したい。
▪たいへん貴重な予習の場となった。コメントが研究の達成と問題点をクリティカルに指摘しており刺激的だった。WANイベントへの参加は初めてだったが、Zoomはありがたく、充実した時間になった。
▪調査方法、データの記述方法、言葉の定義の重要性に関しては特に勉強になった。理系出身の就業者として、理系の女性に対する社会規範(規範と言って良いか定かではないのですが)に課題を感じており、社会学を学びたいと思い、参加した。今後ともこのような形式を活用しながら学んでいきたい。
▪貴重な学びの場だった。
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知見も、論文提供者も、コメンテイターも、参加者もそれぞれが相対化される、濃密な対話のひとときでした。
2022年度も2回のWAN博士論文検討会を開催の予定です。WAN博士論文検討会が、WANらしい/WANならではの事業として鍛え上げられていくことを願ってやみません。
文責:WAN博士論文データベース担当 内藤和美
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