本書のテーマは「擬態」です。
【擬態】
①他のもののようすや姿に似せること。
②動物が攻撃や自衛のために体の色・形などを周囲の物や動植物に似せること。コノハチョウが枯れ葉に似せて目立たなくしたり、アブが有害なハチに似せて目立つ色をもったりすることなど。
「大辞泉」より
本来「擬態」とは動物や昆虫の生態に使用する言葉ですが、人間界においても(人間の生きる社会にも)、多分にあるのではないか、という(もはや)自明の論理の解題を目指しました。
写真家のインベカヲリ★さんは、この解題を、写真表現で続けてきた作家の一人です。本書では、写真作品の制作過程や表現方法、思考や経験などを、文章に置き換えたエッセイです。
インべさんの写真を初めて見た時の印象と衝撃を忘れることはできません。被写体の女性たちが鋭いカメラ目線でポーズをとり、時には素足でウサギの着ぐるみを着て屋上でタバコを吸い、時には海岸でセーラー服を着て海藻を口にくわえ、時にはヌードで竹藪に佇む。それぞれ映し出された写真には、ちょっとしたユーモアとともに、切実な何かを感じました。さらに、女性をモデルにした写真では、今まで見たことがありませんでした。
インべさんは、撮影をする前に被写体の女性から時間をかけて話を聞いて、仕上がりのイメージを膨らませます。その作業は、本人の表側ではなく内側のさらに奥底へと向かい、(今の時点の)その人を形作っているキモを掴むことで結実し、写真の重要なモチーフとなります。この過程を経ることで、いわゆる一般的な「グラビア写真」とは一線を画す作品になるのです。興味深いのは、映し出された写真の本人と、普段の本人とには、大分の落差があることです(ここに本書のテーマがあります)。
1作目の写真集『やっぱ月帰るわ、私』(赤々舎/2013)では、写真のみでの構成でしたが、2作目の写真集『理想の猫じゃない』(赤々舎/2018)では、写真とともにキャプション(被写体とのちょっとしたやり取りや、撮影後日談など)を添えることで、前述のコンセプトを強めるのと同時に、結果的に言葉での説明が加わり、より広い支持を獲得したのでした。
インべさんに本(写真集ではなく文字の本)を一緒に作ることを提案した当初は(2017年くらい?)、私(当時は版元サラリーマン編集者)は、ここまで言語化できてはいませんでした。が、連載時(web連載)に被写体や女性たちとの、ちょっとしたやり取りに焦点を当てて原稿を書いてもらう内に、彼等が日本社会で置かれている構造が浮かび上がってくるのでした。根強い家父長制、クローズドな家庭環境、差別丸出しの学校教育、それらをコピー&ペーストした会社組織、そして、総じて影響を受けざるを得ない、彼等の状況(インべさんが写真に写すのは、この抑圧的な社会に抵抗し自分を解放しようとする彼等の姿なのです)。加えて、インべさん自身のことを書いてもらうと、被写体の女性たちと同じような環境、考え方を持ちながらあがいた写真家以前の話、そして、「写真」を手にして主体を奪還し「自分」を獲得していく姿が淡々と立ち上がりました。
「生きづらさ」という言葉を、特にここ2、3年でしょうか、メディアやSNSなどで目にする機会が増えたように思います。人の数だけあるこの「生きづらさ」を、「発達障害」と診断をして一括りにすることで、個々の問題から遠く離れ、矮小化することで本質から目をそらしているように感じます。狂っているのは、果たして私たちなのか、それとも社会の側なのか。私たちは、今置かれている社会状況の一つひとつを、今一度しっかりと注視する必要があるのではないでしょうか。
■目次
はじめに
私の顔は誰も知らない
理想の猫とは?
普通を演じる
コンクリートの上のシロクマ
薬で性格を変える
こうあるべきまともな姿
東京は擬態する場所
何者かになるための買いもの
人間であることを疑う
「自分」とは誰か?
普通の人すぎて驚かれる
蛭子能収になりたい
女子校出身者のパーソナリティ
フェミニズムは避けられない
本当の自分はどこにいる?
写真とフェミニズム/カワイイの基準
見た目だけで惹かれる
人間のねじれ方
健康は人による
うつらうつらを許さない社会
魅惑の「死」
死神とのドタバタ劇
独り言を叫ぶ
欲望に見る一筋の光
つきまとう表現衝動
フリマアプリに人生を学ぶ
モニターの向こう側で
私は正常に生きてます
寸劇コミュニケーション
自信を持つ難しさ
パワースポットでSNS地獄を見る
「怒」が足りない
「素を見せろ」の正体
味覚は信用できるか
自分のことはわからない現象
人類は、皆クズ/引きずられるとは?
続・普通を演じる
理想が飛んでくる
勝手にイニシエーション
「ふあふあa」を辿る
写真を通して「私」になる
初期作品に見る混沌
なぜ女は擬態するのか
■書誌データ
書名 :私の顔は誰も知らない
著者 :インベカヲリ★
装丁 : 吉岡秀典(セプテンバーカウボーイ)
頁数 :380頁
判型 :四六判
刊行日:2022/5/16
出版社:人々舎
定価 :2200円(税抜)
2022.06.24 Fri
カテゴリー:著者・編集者からの紹介