根を這わせ、窓をひらく ―青木海青子著
『本が語ること、語らせること』


 図書館のサービスの一つに、「ILL」という謎めいたものがある。「図書館間相互協力(Inter Library Loan)」の頭文字をとったもので、利用者の求めに応じて、自館にない資料や文献をお互いに貸し借りしたり、複写して提供したりされたりするサービスである。昨年度からこのILL依頼係を担当しているが、何だか向いている気がしている。依頼が1件もない日は、少し寂しい。この業務が好きだったとは、自分でも意外だった。

 青木海青子著『本が語ること、語らせること』を読んで、その理由に思い当たった気がする。著者は、パートナーの青木真兵氏とともに奈良・東吉野村に私設図書館「ルチャ・リブロ」を作った。森のなか、深い緑に閉ざされて、ゆったりとした自給自足の時間が流れる……。そんな私の甘い思い込みを覆すように、著者は私設図書館という場のあり方を「ギミック」と名指す。図書館という舞台設定に自分たち(と犬と猫)が飛び込み、本を媒介にしてゆるやかに発生する土着の共同体を、注意深く観察しているようだ。

 その実験のような試みのひとつが、本書のなかで「司書席での対話」として紹介されている。ルチャ・リブロの二人に寄せられたお悩みに、それぞれが本を選んで応答するというものだ。たとえば、「婚活を始めたけれど」のモヤモヤには海青子さんが『猫町』を薦め、「評価って何?」の葛藤には真兵さんが『パルチザンの理論』を選書。今いる場所から別の角度でものごとを眺めようとする海青子さんに対して、社会全体に還元される問いへ結びつける真兵さんという、二人の選書の対比に唸る。そして、一人の発した問いが、思いも寄らない本と本をつなげる接点になっていることに驚かされる。本書の「蔵書構築の森」という章で、海青子さんはこう述べている。

「私は蔵書構築の、本と本が相互につながり合うイメージがとても好きです。(中略)地上では一人で立っているように見える木々が、地面の下では互いに根を絡ませ、時に攻防したり、補いあったりしている―そんな豊穣な場面を想像できるからです。」

ある古典から数多のバリエーションが生まれて枝分かれしていくように、本と本とは見えないところでつながり合っている。膨大な書誌の樹形図に思いをはせると、ワクワクしてしまう。 同じように、図書館と図書館も、それぞれの蔵書を抱えながら、根っこではゆるやかにつながり合っている。そんなところに触れられる仕事だから、私はILLが好きなのかもしれない(ちなみに海青子さんご自身も、前職ではILLに携わられていたという)。自分の力の及ばない部分は、遠慮なく人を頼る。人に頼られることも当然として支え合う。こんな協力体制に、図書館だけでなく、本屋も加わればどうだろう?先日行われた、海青子さんとON READING・黒田杏子氏のトークイベントでは、そんな話も飛び出した。新刊書店だけでなく、古書店も、それに版元さんも連なっていけば、利用者の前にひらかれる樹形図はさらに豊かになる。海青子さんは、同書のなかでこう語ってもいる。

「つくろうとしているのは、自分自身のためだけでなく、みんなで一緒に外を眺められる広くて大きな窓です」

身近な「窓」が、世界中の書架につながっている。そんなイメージに心が震えた。

近いうちに、自分でも文庫をひらこうと思っている。でもその文庫は、自分ひとりの力だけでは何もできないような、かよわい文庫になると思っている。それゆえに、地中にいっしょうけんめい根を這わせ、窓は広く、大きくひらいておきたい。


本が語ること、語らせること
青木海青子=著・装画
有山達也=装幀
本体1,700円+税
978-4-909179-08-1

◆『本が語ること、語らせること』刊行記念トークイベント
~本のある場所にできること~ のようすはこちら(夕書房note)

https://note.com/sekishobo/n/nb69ccfa84809

筆/北村 咲