歴史的うねりの中での刊行
新型コロナウイルス感染症の第一例目感染者が出たのが、2019年12月中国武漢市だ。その後瞬く間にコロナウイルスは全世界に広まりパンデミックと言われ、継続的に形を変え今日に至る。COVID‑19の終息の目処も経たないうちに、2022年2月にはロシアによるウクライナ侵攻が始まった。両者とも2022年8月、現在進行形の状況だ。さらに日本では、2022年7月8日に元内閣総理大臣安倍晋三が銃撃され死亡したことは記憶に新しい。

こうした事件が短期間に起こったことは、誰が予想できただろうか。このような短期間の歴史的なうねりの中で、佐藤文香さんの新刊『女性兵士という難問 ジェンダーから問う戦争・軍隊の社会学』が、2022年7月に慶應義塾大学出版会から出版された。タイムリーという言い方は良くないかもしれないが、それでも、よくぞこのタイミングで佐藤さんのご著書が出版されたと、心から喜ばずにはいられない。

ジェンダーの視点で自衛隊に切り込む
本書は、自衛隊の女性についての研究成果である前著『軍事組織とジェンダー 自衛隊の女性たち』(慶應義塾大学出版会2004年)から17年経て、出版された労作である。
前著の女性自衛官の研究は、フェミニズム研究でもタブーと言われる領域に踏み込んだ労作であったが、本書は前著をさらに上回る内容が凝縮されており、前書から17年の歳月を要したのは、目次をみれば一目瞭然である。
構成は「はじめに」に続き、第I部「ジェンダーから問う戦争・軍隊の社会学」(第1章〜第3章)、第II部「女性兵士という難問」(第4章〜第6章)、第III部「自衛隊におけるジェンダー」(第7章〜第9章)、第IV部「米軍におけるジェンダー」(第10章、第11章)、第V部「戦争・軍隊と性」(第12章、第13章、終章)である。

本書の白眉は、英語圏を主とした先行研究(注釈も加えて)が多角的かつ緻密に網羅された上で、自衛隊にジェンダーの視点で切り込んでいることにある。先行研究の文献の数々は、「後進の研究者・学生がまとまったかたちでアクセスできるよう再編したもの」(p.5)とあるように、基礎から応用までのこれまでの軍事的研究領域の流れを抑えた上で、読者自身が理論を構築できるよう、徹底的に配慮されている。本書一冊で、「ジェンダーの視点をもってする戦争・軍隊の社会学の輪郭を描く」(p.4)ことができる。わたしは「パンパン」と言われた女性の研究に携わって20年以上になる点において、「後進の研究者・学生」とは言い難い。現在は「戦争花嫁」と言われた方々の研究を行なっているため、ずっと米軍に関係する研究に携わっている。そこで、本書に掲載されている文献は、わたしにとっても必読文献なので、第1章からエクセルでレファランスを作成してみた。佐藤さんは、「ごくかぎられた選択的レビューでしかない」(p.8)と述べているけれど、本書に基づいたレファランスの作成は膨大な時間を要し、完成すると「辞書」になっていた。レファランスを作成しながら思ったのは、本書に興味を抱いた読者が研究者であろうとなかろうと、日常生活において「ジェンダー不平等」に苦々しい思いをしている人たちが本書を手に取れば、日常生活と「戦争・軍隊・軍事化」が密接に連動していることに気づくだろう。

日常生活をカモフラージュするもの
密接に連動していることを本書から一つ挙げると、「カモフラージュは必ずしも隠蔽しようとする意図(強調は原文のママ)を必要としないということを強調したい。むしろ、それは何かを見えなくし、気づかなくし、見すごすようにする働きである」(p118)という一文に注目したい。この具体例として、2011年3.11の東日本大震災で10万人の自衛官が東北沿岸の被災地に派遣された一方で、同年12月に日本政府が武器輸出三原則の緩和方針を発表し、安倍晋三首相のもとで防衛装備移転三原則へと転換されたことを挙げ、「利他的な自衛隊の活動が共感と支持を得るなかで、禁欲的だった軍事政策の変更が密やかに模索されるこの流れは目をこらさなければ見すごされよう」(p.118)と本書にある。この「カモフラージュ」を最近の例で挙げるなら、安倍晋三元首相の「国葬」が2022年9月27日に実施されようとしていることに加え、「国葬」の予算は「2億円が指標(2022年8月10日共同通信)(https://jp.reuters.com/article/idJP2022080901001516)という話になっていることも、「カモフラージュ」の一例と言えるではないだろうか。「国葬」を「軍事化」と結びつけるのは、こじつけだと思われる人もいるかもしれない。だが本書にある、2014年7月に「従来の憲法解釈を変更し、集団自衛権の行使容認を閣議決定した」(p.154)のが安倍晋三元首相であることを思い出してみよう。「国葬」は安倍晋三元首相のこのような行いを「なかったこと」にしてしまう行為になると感じるのは、わたしだけだろうか。

いま、わたしたちの前にある「風景」
本書は17年ものあいだ熟成されてきた研究成果であると同時に、17年の熟成期間を経たからこそ見えた「風景」でもある。わたしも含め本書を手に取った読者は、佐藤さんが17年かけて構築したことをすぐ日常生活に取り入れることができるという恩恵にあずかることができる。この恩恵とは、日常生活のなかにさりげなく置かれた「カモフラージュ」のトラップを見破ることができるという恩恵である。
最後に、内容のみならず、本書の装丁にもぜひ注目していただきたい。
(ちゃぞの としみ 京都大学人文科学研究所)

◆書誌データ
書名 :女性兵士という難問――ジェンダーから問う戦争・軍隊の社会学
著者 :佐藤文香
頁数 :322ページ
判型 :四六判
刊行日:2022/7/20
出版社:慶應義塾大学出版会
定価 :2400円+税
ISBN-978-4845117635

女性兵士という難問:ジェンダーから問う戦争・軍隊の社会学

著者:佐藤 文香

慶應義塾大学出版会( 2022/07/12 )