
「表面的には男性性を顕著に誇示するとも見られるアメリカと対峙したときに、日本人、ことに女性はどのような言葉で遭遇の体験を表現するだろうか」。
(『アメリカをまなざす娘たち』p.14)
上記は本書の序文で提起された問題の一つだ。
少女時代にアメリカ生活を体験した小説家、水村美苗。米軍基地のある横須賀で育った写真家の石内都。黒人との恋愛を描いた小説でデビューした小説家、山田詠美。
1950年前後に生まれ、アメリカと日本の境界に立つという共通項をもつ3人の作家に着目した評論が本書である。特に3人の初期作品を取り上げることで、作品に描かれている同時代性も重視した。
著者の但馬みほ氏自身も、横須賀で育ち、約20年間アメリカで生活した経験がある。石内都の言葉を借りれば「個的」な経験を踏まえ、それまでになかった、アメリカ在住日本人という視点から水村美苗『私小説』を読み直したり、横須賀を写した石内都作品の写真を読解したりする。また、山田詠美の『ベッドタイムアイズ』については、性愛部分にばかり目が奪われていた評価ではなく、作品に描かれる政治性、対米関係、また主人公が母なる存在である黒人兵から自立していく様を読み解いていく。
タイトルにある「娘たち」は、作品を通して母語・母国という日本人のアイデンティティに関わる問題に対峙する姿を表している。そして、石内のペンネームの由来にもなった、米軍基地で働いていた石内都の母との関係性や、『ベッドタイムアイズ』の中で母娘的な関係として考察されている黒人兵スプーンと主人公の関係性も表しているのだ。
また、第1章では日米で女性に求められる「若さ」の価値の違いを分析し、第2章では横須賀がアメリカに背負わされている軍都としての役割を「女性性」として捉えるなど、全編を通して、身体的な作家自身の「個」としてのジェンダーと、対米関係を表象するジェンダーによって論を展開していく。日本人男性から受ける女性への視線と、アメリカという男性性から受ける日本への視線という、二重構造のような国内外から受ける「女性」という存在へのまなざしに三人の作家がどう対峙していくのか。
歯に衣着せぬ論調で、鋭い指摘を見せる但馬氏の文章は読んでいて痛快なところがある。たとえば、本書第3章で、江藤淳が村上龍『限りなく透明に近いブルー』には酷評を、『ベッドタイムアイズ』には賛辞を送った理由について、「『ベッドタイムアイズ』では敗戦国日本の女が、戦勝国アメリカの黒人兵の肉体を消費し、性愛の主導権を握っているように描かれたことで、多少なりとも日本男性知識人の溜飲が下がったから」と分析している。従来の、あるいは作品が発表された当初の評価に言及し、そこに足りていなかった視点や評論家の「日本」的な視点への反論を提示していくところは本書の魅力の一つだろう。
取り扱っている作品が発表されてから30年前後経っているが、本書はジェンダー、フェミニズムから本書を読む新たな視座を提起している。ぜひ多くの方にお手に取っていただきたい一冊だ。
本書は竹村和子フェミニズム基金から出版助成を得て刊行された。第2章は、『WAN女性学ジャーナル』に掲載された「石内都の「横須賀ストーリー」―境界の傷跡」に加筆修正を加えたものである。
◆書誌データ
書名 :アメリカをまなざす娘たち―水村美苗、石内都、山田詠美の初期作品における越境と言葉の獲得
著者 :但馬みほ
頁数 :258ページ
寸法:13.5 x 2 x 19.3 cm
刊行日:2022/8/5
出版社:小鳥遊書房
定価 :3080円
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