
WANでは、性差別の撤廃・ジェンダーバイアス解消の課題認識を含む、または反差別の立場からセクシュアリティに関する新しい知見を生み出している博士学位論文の情報を収集し、「女性学・ジェンダー研究博士論文データベース」に登録・公開し、広く利用に供しています。2023年1月15日現在、同データベースには1,475論文が登録されています。これら登録論文または博士論文に基づく著書を、多様なバックグラウンドをもつWANのコメンテイターが読み、コメントし、意見を交わす機会を設け、執筆者に、大学や学会とは異なる研究発展の契機を提供することを目的に「WAN博士論文報告会」を開催しています。その第5回を、WAN女性学・ジェンダー研究博士論文データベース担当と上野ゼミが、以下の通り共催しました。
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日 時:2023年1月22日(日)13:00~16:00
開 催:オンライン
参加者:71名
内 容:
第1部
報 告 内藤 眞弓:子育て女性医師のキャリア形成とジェンダー構造に関する研究
コメント 中谷 文美(文化人類学、ジェンダー論)
討 論
第2部
報 告 西井 開「不安定な男性性にかんする臨床社会学: 非-マジョリティ男性の精神衛生上の課題をめぐって」
コメント 信田 さよ子(臨床心理学)
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第1部ではまず、執筆者内藤 眞弓さん(FP、 (株)生活設計塾クルー取締役)が博士論文「子育て女性医師のキャリア形成とジェンダー構造に関する研究」の内容を紹介されました。本研究は、女性医師の増加が医師不足を顕在化させ、種々の子育て支援策実施にもかかわらず女性医師の病院常勤医から離脱傾向に歯止めがかかっていない現状を背景に、「女性医師のキャリア形成に影響を与えているジェンダー構造がどのようなものかを明らかにすること」を目的に行われました。網羅的な先行研究踏査と子育て経験のある女性医師26 名へのインタビューデータの仔細な分析および事例研究によって、家庭領域と職場領域にそれぞれ、子育て女性医師のキャリア形成に影響を及ぼすいかなるジェンダー構造と実践があり、両者がどのような関係にあるかを実証されました。家庭領域では母親役割意識がケア資源の活用を抑制すること、家事育児について7割が医師である夫の協働ではなく外注化が選択されること、職場領域では、当直・オンコール免除等の労働条件緩和が必ずしも両立資源とならないこと等、家庭領域と職場領域における 「言説構造」と「資源配分構造」の作動のさまが明らかにされ、機関ごとではなく医療機関と行政、医療関連団体を中心とした地域連携による支援が提言されています。内藤さんは、学位取得後、子育て女性医師と医療提供体制の問題を発展させるとともに、医師以外の職種の女性の就業継続と子育ての両立過程の研究、そして、ファイナンシャルプランナーとしての知識・経験と研究知見を融合させた社会的発信へと活動を拡げておられます。報告を受け、コメンテイター中谷文美さんは、研究上の目配りが行き届いている、インタビュー調査の良さが活かされている等、本研究の良い点を指摘したうえで、性別役割意識をめぐるジェンダー構造、医師という専門職の特性、医師の働き方の問題、母親役割の重視等知見に即して報告者と質疑を交わされました。続く会場討論では、あらためて、育児に伴う非常勤化によって女性医師が二流化・周辺化され、医療界のジェンダー構造が再生産されることの問題性や、インタビューデータが山根理論に基づいて“演繹的”に分析されたことについての議論や、論文の組み立てについての助言が為されました。
第2部では、まず執筆者西井開さん(千葉大学千葉大学社会科学研究院特別研究員)が博 士論文『不安定な男性性にかんする臨床社会学 : 非-マジョリティ男性の精神衛生上の課題をめぐって』の内容を紹介されました。西井さんは、支配的な男性役割の不達成など男性のジェンダー役割の葛藤から生じる精神衛生上の課題を把握するために「不安定な男性性」という概念を設定し、「不安定な男性性」をめぐる男性の困惑、不安、取り乱し、それゆえ生じる防衛的な反応や精神衛生上の課題、攻撃性・暴力行動等を明らかにするために、非マジョリティ男性のナラティブの場「非モテ研究会」を開発し、そこに研究者/臨床家/メンバーとして参加した4 年間48 回分のグループ対話を臨床社会学的に分析されました。分析を通じて、非マジョリティ男性が抱く不遇感や自己否定感、そうした心理的なストレスを回避するために理想的な友人関係や異性愛関係に〈期待のストーリー〉を構築し、それが叶わなかった場合、大きく動揺し、自己孤立化や女性に対する侵入的な行為に及んだりすること、非-マジョリティ男性の精神衛生上の課題は、ドミナントな男性性が反映されたナラティブの構築を介して生起すること、等を明らかにされました。同時に、「非モテ研究会」の活動の分析的記述を通じて、男性性の脱構築と拡張を可能にするオルタナティブな男性の共同実践のモデルを示し得た、とされました。報告を受け、コメンテイター信田さよ子さんは、「不安定な男性性」、「非モテ」という概念設定の有効性や、本研究が男性性の複数性と交差性、男性の「暴力性」と言ってしまうことの乱暴さ、また、不安定は豊かさや創造につながり得ること等を鮮明に示したことを評価されました。そして、研究者/臨床家でありつつメンバーとしてグループに参加する者の立場の揺れ動きと問題(陥穽)を自己言及的に論じた第8章への共感と、自助グループ「非モテ研」の活動への展望を述べられました。続く会場討論では、自助グループ活動を存続・発展させる要素の1つに、メンバー間の平面的相互関係だけでなく、メンバーが共有する上位のもの(スピリチュアリティ)の存在・作用があるのではないか、しかしスピリチュアリティはカリスマを生むではないか、臨床心理学における臨床社会学研究や自己言及的研究の受け入れ、当事者の実践から生成された概念と既存の学術的カテゴリーの関係等について意見が交わされました。
上野千鶴子理事長の挨拶を以て熱い3時間を閉じました。
参加者アンケートでは、回答者の全員が、「参加目的は十分/概ね達成された」と回答し、次のような感想・意見が記されました(順不同)。
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◆いずれも非常に精緻な研究で、その優れた点や課題が先輩研究者/臨床家によって指摘され、期待が伝えられ、対話が為され…報告、コメント、討論いずれも非常に手ごたえがあり、魅了された。第1部と第2部の組み合わせもよかった。こういう場が市民に開かれていることもWANの活動ならではだと思う。内藤さんには、FPであるワーク&ライフキャリアの研究者/ワーク&ライフキャリアの研究者であるFPにしかできない活動をしていかれることを、西井さんには、当事者性と対峙し続ける研究者・臨床家として発展していかれることを心から期待する。
◆内藤眞弓さんの「子育て女性医師のキャリア形成とジェンダー構造に関する研究」のご報告では、26名もの子育て経験のある女性医師の方たちからのインタービュー調査から、女性医師のキャリア形成に影響を与えている構造について、たいへん勉強させていただきました。なかでも、家庭領域において夫に主体性を認めず、夫には職場を優先してほしい傾向・子育てにおいて夫をあてにしない傾向があるという知見に深く考えさせられました。夫は家族の名誉・威信も背負っているために、家族から夫の仕事(出世や社会的地位)の足を引っ張るなというプレッシャーは大きく、それは夫の子どもとのかかわりにおける主体性を育ませる余地のない状況を助長させているのではないかと感じました(「○○ちゃんのお父さん」よりも「○○先生」であることに周りも期待し、当人(父親)もそれに違和感を抱かないならば、自分の子どもとの関係性構築はあまり大切なものとして考えられていないのかなと感じました。「医は仁術」の「仁愛」とはパターナリスティックなものということのあらわれでしょうか)。ご夫婦で子どもと過ごす時間をどのように考えておられるのか、家族を大切にするということで心がけていることは何なのか気になりました。また、気になったことは、子育てはキャリア形成の足かせにしかならないのか、ならびに、キャリア形成は子育てにおいて肯定的な意味を持たないのかという点です。キャリア形成と子育てに関して積極的な意味づけができる言説や実践があるならば、それを広めていくことで状況変化を促せるかもしれませんが、それらがほとんどない世界(みいだすことが難しい世界)なのか、と疑問に思いました。
西井開さんの「不安定な男性性にかんする臨床社会学: 非-マジョリティ男性の精神衛生上の課題をめぐって」のご報告では、非モテ研の実践と先生も含めたメンバーの方たちの変化(=新たな男性性を創造していく過程)につきまして、たいへん興味深く拝聴させていただきました。ある場・グループを運営する立場の当事者性のお話では、私もゼミ運営や読書会運営のさいに考えていること・悩んでいることにも言及されており、実践的な示唆をたくさんいただきました。まことにありがたく存じます。また、非モテ研のメンバーの方たちが、非モテ研用語を利用しながら自身の加害のナラティブを精緻化させ、自身を拘束する〈期待のストーリー〉を脱構築されていく点につきましても興味深く拝聴させていただきました。その中で〈女神化〉という用語が気になりました。〈聖母化〉も思いを寄せる相手を理想化する際に用いられうる用語の1パターンかと思われますが、〈聖母化〉ではなく〈女神化〉という用語が用いられることの意味をより知りたいと思いました。
◆西井開さんの論文の、非-マジョリティ男性の精神衛生上の課題について、非モテ研究会の実践やそこから生み出される言葉、メンバーの方たちの変容等、大変興味深く新鮮な感覚で読ませていただきました。グループへのご自身の関わり方についての考察は深いものがあると、印象に残りました。男性性を研究することが必要であると、論文を読みながら実感しました。先日の「100分でフェミニズム」で上野先生がお話しされていた「男社会とは何なのか」と繋がったり、連日報道されているストーカーによる暴力の問題と重なったりして、とても良く分かります。お二人の論文から、多くのことを学ぶことができました。コメンテーターの方のお話もあってより理解が深まりました。3時間では足りない内容だったと思います。どうもありがとうございました。
◆とても面白いご報告内容で、興味深く拝聴しました。上野先生のお話はWANのこうした機会に拝聴する程度でしたので、指導教員モードで切り込んでいかれる着眼点や内容は大変参考になりました。そして、特に非モテ研究会の話が、最近まさに考えていたことの一つの解答のようで、本当に聞けてよかったです。Twitterでのツイフェミ vs 男性の表現の自由を標榜するオタク 、若年女性保護団体 vs 非モテ男性の若年女性をオカズにしたエロ擁護という構図での対立が目立つようになり、なぜここまで先鋭化・過激化するのか?と疑問を抱いていたところでした。こうやって非モテ男性の実態が明らかになり、攻撃するに至ってしまう前に何があれば彼らが対話や腹落ちによって救われ、より建設的にジェンダーの話をしてゆけるのか。少し明るい活路が開けた感じもあり、今後の研究も楽しみです。相互理解のために、もっとこういう話が広がって欲しいなと思いました。
◆報告、コメント、討論とどれも良い内容で大変勉強になりました。論文を読むだけでは得られないお話をうかがえ、特に、質疑応答の内容(スピリチュアルについて)は御三方の考えや立場の違いを超えた、「腹に落ちる」お答えをお聞きできたことが有難かったです。
◆あと30分でも時間が長ければさらに嬉しかったです。いずれのお話に含蓄がありましたが、中でも上野先生の『代理達成』の存在を見抜く目に感服しました。ぜひまた企画していただければ参加したいと思います。
◆今後大学院進学も視野に入れている社会人です。博士論文について、また講評された先生方の意見は大変参考になりました。興味のある分野の話を聞くことができ充実した時間を過ごすことができました。ありがとうございました。
◆西井さんの発表を聴くことが当初の目的でしたが、内藤さんの発表も非常に興味深く拝聴しました。若者相談という仕事柄では、医者一家における子どもの問題(≒世代間連鎖)があり、一定数の数を占めています。そういう意味でとても真剣に考える時間となりました。また、学術論文の報告会というものに始めて参加しましたが、真剣に・妥協なく言葉を交わし、しかし深い部分では共感し合う世界なのだなと感じました。貴重な体験をさせていただきありがとうございました。
◆とても充実していた。
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知見も、論文提供者も、コメンテイターも、参加者もそれぞれが相対化される、濃密な考察と対話のひとときでした。WAN博士論文報告会が、WANらしい/WANならではの事業として鍛え上げられていくことを願ってやみません。
文責:WAN博士論文データベース担当 内藤和美
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