潮田登久子さん。『潮田登久子写真展 永遠のレッスン』会場にて筆者撮影

目の付け所にうならされるクリエイターっていますよね。私にとって、1940年生まれの写真家、潮田登久子さんはまさしくそのひとりです。キャリア60年以上に渡って撮影してこられた作品から約120点を展示した『潮田登久子写真展 永遠のレッスン』(横浜市民ギャラリーあざみ野で2月26日まで)で、改めてその魅力のとりこになりました。

23年間、撮り続けた冷蔵庫
約30年追い続ける、本の美しさ

1992年、52歳で発表した代表作「冷蔵庫/Ice Box」シリーズは、1981年から2003年頃まで23年間に渡っていろんな家の冷蔵庫を撮影したもの。どの写真も白い冷蔵庫を同じ真正面から歪みのないように、扉を閉じた状態と開いた状態のセットで撮影されていて一見たんたんとしていますが、考えてみたら、冷蔵庫の中身という超プライベートをあからさまにした衝撃写真の数々(笑)。
今回の展覧会では、44組の冷蔵庫(閉じた状態と開いた状態)が整然と展示されていて、実に壮観です。1枚1枚見ていくと、冷蔵庫の扉に貼られたメモも、冷蔵庫の中のごちゃごちゃぶりも、冷蔵庫の手前に脱ぎ捨てられたスリッパも、普段の生活そのまんまのの状態で撮影されていて、「えー、うちの冷蔵庫なんかでいいんですか」「床の上に物がめっちゃ多いんで気を付けてくださいね!」なんて、持ち主と写真家の撮影中のやりとりの声まで聞こえてきそうです。図録には、冷蔵庫を撮影した年と場所のみ掲載されていますが、持ち主の多くは女性たちではないでしょうか。勝手に写真家とのシスターフッドを感じてしまいました。

1995年から現在まで撮り続ける「本の景色」は、潮田さんが国立国会図書館の修復室や大学図書館の貴重書庫、古書店などを訪ね、その場の自然光で古い本を撮影したシリーズです。江戸時代の帳簿、14世紀頃の祈祷の本、無数の虫食いで極上のレースのような模様を描く経文、使い込まれてブロッコリーのようにふくらんだ小学生向けの国語辞書、長く物置で保管され湿気でぼろぼろになった作家のノート…。実に静かな写真なのですが、ものすごく雄弁です。写真の目の前に立っていると、それらの本が読まれた記憶、愛された記憶、そして忘れられた記憶が見る側のカラダの中に入り込んでくるような磁力があります。
写真家が50代から30年近く追い続けるこのシリーズが個展で初めて発表されたのは2003年。2017年に写真集『本の景色』を出版し、翌年、78歳で土門拳賞を受賞しています。

家族への愛とひとりの時間の
豊さを感じさせる『マイハズバンド』シリーズ

なぜ冷蔵庫を、なぜ古い本を撮影し続けようと思ったんだろう。なぜこんな風に魅力的な写真になるんだろう。不思議に感じていました。

 今回の展覧会では、写真家としての出発点であり、もう発表するつもりはなく捨てるつもりだったという20~30代の頃に撮影した人物写真のシリーズ(「街へ」1964~1979年頃)が展示されています。カメラを持って新宿や上野の街にせっせと出かけ、道行く人に話しかけ、思いきり近づいて写真を撮らせてもらう。被写体には男も女もいますが、1976年に個展で発表されたときのタイトルは『微笑みの手錠』。女性が社会エチケットでまとう意味のない微笑を手錠に見立てた言葉でしたが、今回、タイトルを『街へ』に変えたのは、いかにもありがちな、意味がありそうな題名が気になっていたからだそうです。

 高度経済成長期の日本の猥雑さ、エネルギーを感じさせるいくつもの顔と街が写されているパワフルな人物写真ですが、潮田さん自身は、撮り続けてどんどん上手になったけれど、やがて自分がカメラを武器にしているような、人間の撮り方に意地悪な眼が入っているように感じるようになって、このテーマを撮るのをやめてしまいます。子供ができて、ちょっとお休みしようという気持ちもあったそうです。

『潮田登久子写真展 永遠のレッスン』会場。筆者撮影


1978~1985年頃の『マイハズバンド』シリーズ(これも「捨てるつもりだった」!)は、夫の島尾伸三さん(写真家)とまだ小さかった娘のまほさん(漫画家・作家のしまおまほさん)と暮らした、世田谷区豪徳寺にある明治時代の洋館(旧尾崎行雄邸)で撮影された家族写真です。
幼児のまほさんが実にかわいらしく、夫の伸三さんは堂々とかっこよく、にぎやかで楽しいカットもあれば、ふたりが撮影者の真価を測るかのようにレンズを凝視する、どきりとするカットもあります。夫も妻もプロの写真家、娘も長じてアーティストになる家族の写真。誰もいない室内のカットは静かで内省的ですが、そこにいないふたりの存在を強く感じさせ、家族から離れてひとりになる時間の豊さと、家族の時間への愛情を感じました。
この洋館で撮った自宅の冷蔵庫の写真が、代表作「冷蔵庫/Ice Box」シリーズの出発点となったそうです。

アーティストトークが開かれた初日にお邪魔し、トーク後の会場で潮田さんの写真を撮らせていただきました(我ながら写真家に向かってなんという度胸よ)。
ファンの方に囲まれて、「年を取っちゃって。シワは増えたし、指もこんな風に曲がってるのよ」と笑ってお話されていましたが、本当に素敵な82歳でしょう?1940年東京生まれの東京育ち。短大を卒業して、「もう少し何かやりたい」と入学した桑沢デザイン研究所の授業で写真に出会った潮田さん。男社会の写真の世界で60年間、撮り続けられてきました。

展覧会のタイトル「永遠のレッスン」は、少しずつ場を広げていって、レッスンを重ねて、自分の撮りたいものを見つけて、それが今につながったという意味がこめられているそう。そしてこれからも「レッスン」は続くそうです。

入場料は無料、限定1000部の図録も無料です。展示作品の画像、潮田さんへのインタビューが掲載された素晴らしい内容で学芸員さんの愛と汗が伝わってきました!
2月26日までです。ぜひ。

https://artazamino.jp/event/azamino-photo-2023

『マイハズバンド』シリーズより。会場で筆者撮影