
「男からの名づけを拒否する」-写真家 長島有里枝、復活の書-
「修論」として書かれた分厚い本書のページを繰りながら、そもそもなぜこの人は社会学を学んだのだろう…と考え続けていた。殆ど男ばかりの写真の世界で名をなし、その一角を担うところまで上り詰めながらなぜ?、と。
読み進むうちに、次から次へと鋭く的を射抜くこの精緻な言説分析の、まさにその方途を学ぶためだったのだ、と合点した。単なる感想では済まさない、これまで自分の作品に押し付けられてきた手あかにまみれた男たちの評価、『自閉的な空間でぬくぬくと育ってきた男性写真家の「甘え」』を根こそぎひっくり返し、学知の鎧を身に着けて理路整然と跡形も無いほど破壊したかったのだ、と。
男たちからの評価を読むにつけ「違う、それはまったく違う!!」と違和感と怒りだけが渦巻いていたのだろう。しかし、ギョーカイのおエラいさん達の殆どが男の世界で、ぽっと出の若い女に反論の機会などある筈がない。それに、ジェンダーまみれで手あかのついた評論でも、業界内でのステップアップにはなにがしかの効果があったかも知れない。しかし、我慢がならなかったのだ。
「よくもこんなに証拠を残してくれたね」と言いたくなるほどの、「女」でしか取り上げない男目線の評論。それを一つずつ、丹念に分析し、片っ端から粉々にしていく。男たちの手前勝手な評論で塗り固められた鋳型から、本当の、自分が納得できる自分を取り戻すために。
書評セッションの中での彼女の語りは、本書の行間をしっかり埋めてくれた。育った家族での居心地の悪さ、それでも幾つかの受賞で二流市民扱いはされていた写真家としてのスタート。しかし、結婚、出産を経て噴き出した主婦的状況の閉塞感と男社会である写真業界への、そして何より身の回りで起こる女性であることの圧倒的な差別と抑圧、権力の非対称への絶望。そして、違和感と怒りをジェンダーで解いていくことへの希望。
彼女が社会学を学んだのは、確信犯的行為だったのだ。これまでの男たちの評論、その名づけの拒否と自己治癒・復活への、本書は紛れも無い当事者研究だった。
今ここから、己の手に掴んだ「長島有里枝」の、写真家としての新たなスタートが切られる。
◆書誌データ
書名 :「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ
著者 :長島有里枝
頁数 :387頁
刊行日:2020/1/15
出版社:大福書林
定価 :3630円(税込)
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