
『1980年、女たちは「自分」を語りはじめた』というタイトルに、まず、「そうだったんだぁ」と目が開かれる思いがした。私は1979年に中学で集団リンチにあっていて、1980年は、語るどころか沈黙を強いられ、身も心もフリーズしていた頃だった。リンチについては教員らも、クラスメートも、両親も、周囲は誰もが知っていた。にも関わらず、誰もがそのことを話題にすることを避けているように見えた。
「誰も助けてくれない」と私は絶望し、80年代半ばの高校卒業直後に、日本を出た。アメリカに留学したり、南米を放浪したりして、外の世界で出会った人々に、私はつらい体験を少しずつ語り、彼ら/彼女らの話を聴かせてもらう中で、癒されていったのだと思っている。だから、国内でそのような動き(フェミニストカウンセリングだけではなく、他の支援なども含めて)がすでにあったことを知る度に、ちょっぴり複雑な思いを抱く。「ああ、そこに私がアクセスできていたら」と。
著者の河野貴代美さんに初めてお目にかかったのは、2022年の10月で、今から半年ぐらい前のことだ。日本のある刑務所を舞台にしたドキュメンタリー映画『プリズン・サークル』を監督した私は、都内・三鷹で行われた上映会後のトークに招かれた。お相手はなんと、上野千鶴子さん、信田さよ子さん、そして河野貴代美さんというフェミニスト・レジェンドたち。極度の緊張と興奮で頭がポーッとなって、その時どんな話をしたのかは、ほとんど覚えていない。
ただ強烈に覚えているのは、河野さんが、アメリカのシナノン(Synanon)というT C(Therapeutic Community--回復共同体、治療共同体などと訳されてきた)に半年もの間、身を置いていたということと、映画の中で男性受刑者が語り合う姿を見て、「女たちはとっくの昔にやってきたこと」と発言されたことだ(女たちというのは女性受刑者ではなく、フェミニストの女性を意味されたと思う)。
前者のシナノンの存在は、今ではアメリカ国内ですら忘れられてしまっているか、カルト集団としてのみ記憶する人も少なくない。実際カルト化して1990年初頭に幕を閉じたのだが、とりわけ60年代から70年代にかけては、新しい社会実験として注目を浴びていたことも事実である。私がその存在や経緯を知ることになったのは、シナノンが幕を閉じた後の90年代半ばだった。『プリズン・サークル』の舞台である刑務所「島根あさひ社会復帰促進センター」が手本にした、アメリカのT C「アミティ(Amity)」の創設者3人が皆、シナノン出身者で、当時テレビディレクターをしていた私は、ある番組の取材で彼らに出会ったのだった。
彼らから聞く限り、シナノンは問題も抱えていたが、注目に値する活動だった。しかし日本では知られておらず、90年代に調べ始めた時点では、日本語検索ではほとんど引っかかってこなかった。やっとの思いで入手した文献も、記述の薄さにガックリさせられた覚えがある。シナノン流のミーティングにアメリカで参加したという日本人の体験記を見つけた時は小躍りしたが、たった一回の参加(しかも途中退席)で書かれたその文章は、批判的な印象だけが残る残念な内容だった。
前述のトークの後だったか、河野さん自身から、シナノンについて言及した本が近く出ると聞き、絶対読んでみたいと思った。それが本書であり、私は真っ先にシナノンの記述を探した。それに関する分量は多くないと聞いていたし、そもそもフェミニストカウンセリングについての本であるから、その原理ともいえる「正直で自然な自分」が、シナノンの経験からきていることがわかっただけでも十分といえば十分だ。それでも、私はもっと知りたくなってしまった。
私のような読み方は著者には失礼かつ不本意だろう。しかし、実にいろんな読み方ができる本だと思った。フェミニストカウンセリングについて全く知識のないド素人の私でも、面白く読めたし、長く険しい道を切り拓いてきた経緯や戦略を知るだけでも、励みになった。
冒頭で、「ああ、そこに私がアクセスできていたら」と感じたことに触れたが、心の傷は、人生のどの時点でも対応(回復)可能だ。私自身、コロナ禍の真っ只中につらいことがあり、信頼する友人からの紹介でセラピストに繋いでもらい、zoomカウンセリングを何度か受けた。それはフェミニストカウンセリングとは呼ばれていなかったが、それに近かった。以前の自分なら一人で何とかしようとしただろうが、頼って良かったと心から思う。
自らの痛みに気づいた時に、ふらっとアクセスできる(対面だけでなくSNSやオンラインなども)、そんな場がこの社会にもっと増えた方がいい。私を語ることへのハードルもまだまだ高い。お金がかかることや、広がらない原因をどうしたらいいのかという課題も、本書では投げかけられている。職種に限らず、読んでほしいと思った。(さかがみ・かおり)
◆書誌データ
書名 :1980年、女たちは「自分」を語りはじめた~フェミニストカウンセリングが拓いた道
著者 :河野貴代美
頁数 :328頁
刊行日:2023/3/8
出版社:幻冬舎
定価 :2200円(税込)
慰安婦
貧困・福祉
DV・性暴力・ハラスメント
非婚・結婚・離婚
セクシュアリティ
くらし・生活
身体・健康
リプロ・ヘルス
脱原発
女性政策
憲法・平和
高齢社会
子育て・教育
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