エッセイ

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「いつも共に居ること―先住民の知恵より―」 野口久美子

2011.12.13 Tue

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「先住民」といえども、勿論彼らは多種多様な考え方を持つ人々である。

しかし、あえて言うなれば、「土地と共に生きる人々」と考えられるのではないだろうか。

「土地」は、またそれを介して人々との「つながり」を生む。現代における「他者」との「つながり」を考えるとき、先住民の思想は豊かな事例を提示してくれる。

この本は、先住民社会での豊富な経験をもとに、著者が綴った先住民の知恵を伝える一冊を、まずは紹介します。

私は仕事柄、アメリカ合衆国やメキシコの先住民居住地で生活することがある。

アメリカ大陸の先住民族は、ヨーロッパ帝国主義諸国による土地の搾取と、虐殺、さらには主流社会への同化政策を、現代に至る数百年の間生き抜いてきた人々である。

 そんな先住民の生活の中には、現代社会を生きる我々が抱える、諸々の問題を解く鍵が、大切に守りぬかれている。今回はその一つのエピソードを紹介したい。

その時、私は、グアテマラ国境近くにある、メキシコのチアパス州の先住民居住地に滞在していた。

その村は、サンクリリストバル空港から、さらに車で二時間ほど山中に入った地域にある。

インターネット環境や公共交通機関、さらには、電気、ガス、水道といったインフラ設備は、ほとんど浸透していない。

人々は歩き、必要なものほとんどは自給し、不必要なものは自然に返す。

彼ら独特の方法で祈祷に用いた鶏は、その後の夕飯で食され、翌朝の排泄物はバケツにためて田んぼに捨てた。

そしてそれを肥料に、再び作物が育ち、鶏が人間の収穫の残りを食べる。メキシコの主流社会から、地理的にも、文化的にも遠く離れ、ゆっくりと時間が刻まれている、そんな場所であった。

人々は、日本の明治期の田園集落を思わせる木造の仮設家屋に、10人程度の拡大家族を単位として住んでいた。そのうちの一つの家族を訪れた私は、その家のある一角にひときわ暗い部屋を見た。

部屋の隅に置かれたベッドには、このあたりの先住民族の伝統工芸である、華やかな色彩模様のキルトがかぶせてあり、その小さな盛り上がりの中に、老婆が静かに眠っていた。

気がつくと、横には黒髪を結い、同じ模様のキルトに包まった、若い女が数人腰掛けていた。

この家の娘たちであろう。縫い仕事をしながら、しかし、一方では、老女の寝息に耳をすませるかのように、寄り添っていた。

老婆は、重い病に犯されていた。

 Healerと呼ばれる祈祷師がすべての病を診るこの村で、彼女は、「悪いスピリットに憑かれている」と診断されていた。

その病には理由があった。彼女が「一人で居た」からだ。

この村では、老若男女とも「一人で居る」ことがタブーであった。

「いつも誰かと常に一緒にいること」が、何よりも大切とされていたのだ。

家の中の女たちは土間に集まり食事を作り、丸くなって座り家族の衣服やクロスを織る。

そして、男たちは、それが見える距離の中で農作業を行う。決して「一人で居ない」。

しかし、近年、この村にも次第に押し寄せてきた賃金労働の波は、家族を、一人、また一人と、村の外へ連れ出していった。

残されるのは、働き世代ではない老人だった。

そして、老女は病に憑かれた。

老女の家族は悔いる。そして、病は、自分達の老女に対する「Irresponsibility」が原因であると悟る。

今、娘たちは、何を思っているのか、
私が滞在した間、たった一度もベッドで眠る老女の脇をはなれなかった。

老女には、薬は与えられない。病室も与えられない。

彼女の治癒には、ともに暮らす者の「温度」があたえられるだけなのだ。

「誰かと居ること」がルールとして共有されている社会。

そこには、「一人になるべきこと」への言い訳は存在しない。

その有様は、 「個」としての自立が求められる社会で生きる私には、とてつもなくナイーブでありながら、言いようもなく美しく映った。

その行為は、社会概念としての「家族」の役割をも超えて、人間の本性に訴えかける洗練された「原初性」として心に響いたのである。

「一人で過ごさない」「いつも誰かのそばにいる」
そして、私にはそれが、現代社会で起きている多くの問題の解決策の一端を示しているように思えてならない。

もの言わず、静かにベッドの脇に座っている娘たちを眺めながら、
私は、先住民の「知恵」を、再び垣間見た気がした。








カテゴリー:女同士のつながり / シリーズ

タグ: / 異文化交流 / 先住民