LGBT理解増進法案をめぐっては、G7広島サミットをはさんで与野党から3つのLGBT理解増進法案が出されていた。超党派合意案(立憲・共産・社民)、与党修正案、維新国民独自案(維国案)である。理念法が3案も出されるのは異例だ。6月9日、法案は衆院内閣委員会で審議入り後に即日採決された。与党案をベースに維新国民独自案を盛り込んだ法案となった。法案は13日の衆院本会議で可決し、参院を経て、21日に迫る通常国会会期内に成立する公算が大きいとされる。
法案審議にあたって与野党の合意形成がなされたように見えるが、ことはそう単純ではない。与党案の問題点に加え、維新国民独自案がもついっそう深刻な問題点が法案に盛り込まれることになったからだ。以下3点にわたって、自公維国合意案(4党合意案)の問題点を論じてみたい。

1.求められるのは「差別禁止」
第一に、大前提として、国際人権の立場から日本政府に求められているのは「差別禁止」の法整備であって、「理解増進」にはとどまらないことに留意すべきである。
昨年のG7エルマウコミュニケは差別や暴力からのLGBT保護を謳った。G7広島首脳コミュニケはこれを引き継いだのみならず、「LGBTQIA+の人々の人権と基本的自由に対するあらゆる侵害を強く非難する」と踏み込んだ。日本政府は、国連自由権規約委員会から2014年と2022年に包括的差別禁止法の制定と性的指向・性自認(SOGI)差別禁止の法整備を勧告されている。しかし、超党派LGBT議連は現実路線をとり、2021年5月、「差別は許されない」という文言を加えた理解増進法案で合意した(超党派合意案)。性的指向による差別禁止を明記した憲章を掲げるオリンピックを7月に控えてのギリギリの妥協であった。しかし、自民党内の反対によって国会提出はならなかった。
今年はG7サミット議長国として、サミット開催前にLGBT理解増進法案の成立が目指された。2月の首相秘書官による同性愛者への差別的発言は国際社会から非難され、法案成立の動きに拍車がかかった。本来であれば、超党派合意案が国会で審議されてしかるべきであっただろう。しかし、自民党内では法案に対して再び異論が相次ぎ、修正案が与党案として出された。5月半ばのことである。その後、野党からは、立憲等が超党派合意案を提出し、維新国民が独自案を出した。この過程で「差別禁止」はどんどん薄められて、自公維国合意案に至った。

2.LGBT理解増進法案(4党合意案)の問題点
第二に、与党案、維新国民独自案、4党合意案は、人権保障の枠組みから見てさまざまな難点を抱えている。以下、重大な5つの修正箇所について見ておこう。
(1)「差別は許されない」(超党派合意案)から「不当な差別はあってはならない」(与党案・維国案・4党合意案)への修正。論点は2つある。
第一は、「不当な差別」という表現の是非である。そもそもあらゆる差別は不当であるが、合理的区別は許され、行政罰や刑事罰の対象となる差別には種別や程度が問われる。例えば、障害者差別解消法は、「合理的配慮」との対比で「不当な差別的処遇」を禁じており、指針で「不当」な例を列挙している。ヘイトスピーチ解消法は、「不当な差別的言論」を条文で定義している。このように、「不当な差別」については前例がないわけではないが、いずれも「不当」の定義が明確にされている。LGBT理解増進法に「不当な差別」と記載するのであれば、「不当性」が恣意的に解釈されることがないよう手立てを尽くす必要がある。
第二は、自民党内で反論として出された訴訟乱発の懸念についてである。結論から言えば、理念法であるLGBT理解増進法で「差別は許されない」と「不当な差別はあってはならない」のいずれの文言を使おうとも、訴訟の根拠にはならない。その意味では、法的効果に違いはないと言える。
(2)「性自認」(超党派合意案)から「性同一性」(与党案)あるいは「ジェンダーアイデンティティ」(維国案・4党合意案)への修正。そもそも「性自認」も「性同一性」も「ジェンダーアイデンティティ」の日本語訳であって意味に決定的な違いはなく、訳語としてどちらが適切かという問題になる。考慮すべきは3点である。
第一は、歴史的経緯である。「性同一性」という語は、1990年代に精神障害たる「性同一性障害」との関連で医学用語として導入された。今日、「性同一性障害」という語は、特例法がモデルとしたアメリカ精神医学会『精神障害の診断と統計マニュアル』でもWHO『国際疾病分類』でももはや使われていない。その意味で、現在あえて「性同一性」という訳語を使うことの積極的意義はほとんど見当たらない。
第二は、「性自認」という語の普及度である。「性自認」は「自己の性別の認識」という意味を反映した訳語であり、当事者の自律性を重視した用語として歓迎された。今日、国の政策でも自治体行政でも「性自認」という語がすでに広く用いられている。社会に浸透した「性自認」を他の用語に改める必要性は乏しい。
第三は、「ジェンダーアイデンティティ」というカタカナ用語の是非である。法律で外来語がまったく使われていないわけではない。「ソフトウェア」や「テレビゲーム機」などである。しかし、原則として法律では日本語訳が使われてきた。ヘイトスピーチ解消法も通称であって、法律には「ヘイトスピーチ」という語は使われていない。また、「ジェンダー平等」はいまや国際用語としていたるところで使われるが、日本の法律では日常用語とは言えない「男女共同参画」に置き換えられている。これらの言葉に比べてもなじみが少ない「ジェンダーアイデンティティ」の語を使うことが国民にとってわかりやすいとは言えないであろう。しかし一方で、「ジェンダーアイデンティティ」という語を通じて「ジェンダー」が法律に初めて盛り込まれることになり、ジェンダー平等やジェンダー教育といった用語が社会にいっそう受け入れられやすくなる契機になるとすれば、一定の意義(保守派は望まないだろうが)はあるかもしれない。
(3)「調査研究」(超党派合意案)から「学術研究」(与党案・維国案・4党合意案)への修正。LGBT権利保障政策を進める上で最大のネックは公的な基礎データがないことである。LGBTの人口比率についてすら公的調査がない。もとより、学術研究には調査研究が含まれる。しかし、学術研究の主体は大学・研究機関及び研究者であって、国や自治体ではない。むしろ学術研究の基礎データとなる各種調査を国が責任をもって行って、公的なデータを学術界や市民社会に提供すべきであろう。例えば、男女共同参画社会基本法にも「調査研究」条項(18条)があり、DV被害や女性就業率などに関するさまざまな調査を行って、結果を国民に公表し、政策に活かしている。LGBT理解増進法でも「調査研究」条項に基づいて国が調査責任を果たすことが期待されたにもかかわらず、「学術研究」に修正することにより、国は責任を放棄するに等しい。
(4)学校教育条項の修正。これには2つの問題がある。
第一は、「学校設置者の努力」が独立条項(超党派合意案)から「事業者等の努力」条項に統合されたこと(与党案・維国案・4党合意案)である。2015年の文科省通知が示す通り、LGBT児童生徒の自殺念慮はきわめて高く、学校は安全とは言えない。教育現場での理解増進の重視を示すものであった独立条項がなくなることにより、政策の停滞につながることが懸念される。
第二は、超党派合意案にはなかった「保護者の理解と協力を得て行う心身の発達に応じた教育」(維国案)という文言が「家庭及び地域住民その他の関係者の協力を得つつ教育」(4党合意案)に修正されて追加されたことである。維国案の当初文言は、21世紀初頭に吹き荒れた性教育バッシングの発想に近い。日本では「寝た子を起こすな」とばかりに性教育が抑制されてきたが、今日、ユネスコはLGBT教育も含む包括的性教育を推進している。保護者の理解や発達程度を強調する文言は性教育抑制を補強しかねず、LGBT理解増進に逆行する。4党合意案は、「保護者の理解」を「家庭」に置き換え、さらに「地域住民」を加えた。これにより、親や地域集団が批判的な声をあげると学校でのLGBT理解増進教育が阻害される恐れが高まる。
(5)留意条項の新設。今回の修正案でなによりも懸念されるのは、「すべての国民が安心して生活できるよう留意する」(維国案・4党合意案)という留意条項である。これは、LGBTの人びとが他の国民の安全を脅かす存在であるとのメッセージになる。加えて、4党合意案では、「この場合において、政府は、その運用に必要な指針を策定する」とまで規定された。いったい誰のための指針なのか。理解増進法はマイノリティたるLGBTのための法である。留意事項を入れると、意味が180度異なってしまう。
以上の通り、LGBT理解増進法案は、上記(1)(2)の修正だけならば法的効果に決定的な影響を与えるとまでは言えない。逆に言えば、法的効果に影響がないにもかかわらず文言修正にこだわるのはある種のイデオロギーを反映しているからと推測せざるをえない。一方、(3)(4)(5)の修正は、実質的効果をもち、政策に直接的な影響が及ぶ修正である。(3)でLGBTの存在が不可視化されたままになり、理解増進に必要な予算がつかなくなることが強く懸念される。(4)(5)は、LGBT理解増進そのものに否定的な立場に迎合する修正案であり、特にトランス女性を排除する言説と結び付いている。

3.LGBTの人びとに寄り添った国会審議を
第三に、国会審議と国民の意識には大きなギャップがあるように思われる。2015年以降、全国各地で同性パートナーシップ証明制度が導入され、人口カバー率はいまや65%を超えている。各種世論調査でも同性婚に賛成する比率は7割を超えた。
司法の判断にも変化が見られる。全国5箇所で始まった婚姻平等訴訟では、「違憲」2件(札幌・名古屋)、「違憲状態」2件(東京・福岡)、「合憲」1件(大阪)と違憲判断が多く、二審以降の判断に影響を及ぼすことが予想される。トランスジェンダーの法的性別変更をめぐる訴訟でも変化が見られる。経産省女性トイレ使用制限に関する訴訟で、一審は制限を違法としたが、二審は適法とした。最高裁は本年6月16日に原告・被告双方の意見を聞く弁論を開くと決めたが、これにより二審の判断が覆る可能性が指摘されている。特例法の法的性別変更要件の一つである不妊手術要件については合憲判決が確定しているが、2022年12月に最高裁は改めて憲法判断をすると公表した。
LGBT理解増進法案に否定的な人びとは、個人の人権保障よりも、性別二元制や異性愛主義に則った家族制度や社会秩序の維持にメリットを感じているようである。しかし、21世紀の国際的潮流に照らしても、また、日本社会の家族の多様化に照らしても、「夫婦と子」からなる家族を「あるべき家族」として規範化することは現実にはきわめて難しくなっている。そこで近年強まっているのが、「トランス女性の脅威」論である。 「トイレ・浴場・スポーツ」という「女性専用/女性限定」の場面に、男性としての経験や男性としての身体的要素をもつトランス女性が侵入することは女性の安全や権利を脅かすという議論は、一見わかりやすい。しかし、この議論はあまりに乱暴であり、現実的でもない。トイレ・浴場・スポーツでは条件が異なるため、同一レベルで論じるべきではなく、トイレについても不特定多数が使う公衆トイレと職場学校などの顔見知りが使うトイレとでは利用者の状況が異なる。そもそも男性がトランス女性であると偽った上で女性トイレなどに侵入することは犯罪であり、侵入者個人の責任が問われるべきである。トランス女性一般を性暴力と結びつける言説は、トランス女性の尊厳をも脅かす。
トランスとは「移行」を意味し、トランスジェンダーの人びとは性別移行に関する各自の希望や状況に応じて外見もニーズも大きく異なる。
目に見える形で性別移行を伴うがゆえに偏見にさらされやすく、各種調査ではLGBTの中でもトランス女性が最も多くのハラスメント被害にあっていることが明らかにされている。
LGBT理解増進法とは、まさにこのようなLGBTの人びとの「困りごと」を市民が理解し、共存することを目指すための法律であろう。LGBTの人びとは非常に身近に存在する。ただ、偏見や暴力、差別を怖れてカミングアウトできないため、隣人がLGBTであることに気づきにくいだけである。複数の民間調査によれば、LGBTQの人びと(「Q」が多いことに留意)は8~9%と言う。学校では35人クラスに3人。決して少なくない。LGBT理解増進法案を政治的パフォーマンスの道具にして党利党略で修正したならば、LGBT当事者である子どもたちが就職や社会生活・家族形成に抱く夢までつぶし続けることになる。トイレや浴場などの設備は改修し、目的に応じて利用ルールを定めることによって想定されるトラブルを十分に防ぐことができる。スポーツについても、男女という区別を超えて、体格やホルモン値、筋量などの指標による新たな区分を設けて競い合うこともできるだろう(追記1参照)。
このたびの4党合意案は、2021年の超党派合意案を無にするに等しく、LGBTの人びとからも強い懸念が表明されている。差別禁止を定めない理解増進法であっても、LGBT本人やアライが属する多くの団体が超党派合意案の成立に期待し、尽力してきた。それにもかかわらず、LGBT理解増進法案の国会審議では、LGBTの人びとの願いは置き去りにされている。
LGBTの人びとの尊厳保障は、日本国憲法が定め、21世紀国際社会が共有する人権課題である。本来的にLGBT理解増進法は、できるだけ早い段階で差別解消/差別禁止への脱皮をはかるべき出発点の法律である。まずは速やかに超党派合意案を成立させるべきであり、内容を後退させる修正をすべきではない(追記2参照)。

2023年6月16日
(追記1)
スポーツは、性別二元主義が強く、LGBT差別が顕著な分野の一つである。「男子」スポーツではホモフォビアが根強く、「女子」スポーツではトランスフォビアの傾向が強くみられる。
性的指向については変化もある。ソチ五輪開催国であるロシアで同性愛宣伝禁止法が成立したことへの批判から、2014年以降、オリンピック憲章には性的指向に基づく差別の禁止が明記された。LGBT理解増進法成立の照準を東京オリンピック開催に合わせたのも、オリンピック憲章に期待したためである。東京オリンピックでは、LGBTQなど性的マイノリティであることを公表して出場した選手が過去最多(180人以上)となり、オリンピック史上初めてトランス女性が「女子」として出場した。ただし、これらのいずれにも日本選手は含まれていない。
一方、性自認や身体的な性の特徴をめぐっては、性別二元主義が先鋭化している。最近、国内外では、「女子」スポーツ競技にトランス女性が参入して上位を独占するのは差別であるとの言説が氾濫している。しかし、現実のスポーツ競技ではそのような事実はほとんどないとの指摘もある。20世紀初頭に「スポーツ」(当時は男子のみ)から「女子」スポーツが分離して以降、久しく「女子」の定義は自明とされた。2000年まで実施されてきた性別確認検査は、競技における公平性の担保という観点から、女性選手のみを対象に実施されてきた。また、2021年までは、国際オリンピック委員会(IOC)や世界陸連などの国際競技団体は、「女子」を選別する基準として男性ホルモンの一種である血清中テストステロン値を利用してきた。しかし、基準値は団体ごとに同一ではなく、同じ団体でも時とともに変動している。単一の基準値では、個人的差異を汲み取ることは難しいとも指摘されている。
2021年11月にIOCは「公平で、包摂的、そして性自認や性の多様性に基づく差別のないIOCの枠組み」を公表した。この「枠組み」では、LGBTに対する差別を容認せず、LGBT当事者選手が排除されたり、被害を受けたりしないことが大前提とされている。また「もともとは男性であった選手が女子競技に出場すると有利である」というような根拠のない推測を行わないこと、参加資格の基準を設ける場合にも、科学的根拠にもとづき実施し、当事者を含む関係者がルールづくりに関わることが提案されている。さらに、スポーツ科学分野では、トランスジェンダー選手の参加をめぐる公平性の基準について議論ができるような十分な科学的根拠が蓄積されていないため、今後も基準は定期的に見直すことも提案されている。この枠組みにもとづき、現在はそれぞれの競技を統括する国際競技団体が各競技における参加基準等について議論を進めている。
このようなIOCによる枠組み公表の後、水泳、陸上競技、ラグビーの国際競技団体は、トランスジェンダー選手が女子競技に出場することを禁止することを決定した。排除や差別のない競技であろうとすることよりも、勝敗を決定するための競技の公平性に重みを置いた決定である。このように、19世紀以降に発展した伝統的な競技のいくつかは、21世紀の人権基準や価値観には適合しなくなっている。こうした前世紀の制度を維持する姿勢や制度が21世紀の国際社会からどのように受け止められることになるのかは、今後、注目する必要がある。一方で、トライアスロンなど、科学的根拠を積み重ねながら、時間がかかっても排除のない競技のあり方をめざすための議論を継続している競技も存在する。
「女子」スポーツを残すべきか、性別に競うという制度を維持することに、そもそも合理性はあるのか。競技によって特性があることから、専門家やアスリートの間でも意見は分かれており、判断は難しい。しかし例えば、「公正」の見地から必要な限りにおいてすべての競技者を対象に体格やホルモン値、筋量などの指標による新たな区分を設け、評価や採点基準もまた男性モデルから脱却し、「人間」としての能力を競い合うことも検討課題から排除すべきではないだろう。類似する考え方にそった制度としては、体重などによって区別する階級制やパラリンピック・スポーツにおけるクラス分けがすでに存在している。それは、人間社会におけるスポーツの位置づけをジェンダー視点から根本的に問い直すことにもつながる。
必ずしも記録や勝敗を競わない日常的なスポーツでは、トランス女性を排除する社会的偏見を速やかに改善する必要がある。市民スポーツ・学校スポーツでは性別による差異化を徹底するのではなく、シスジェンダーとトランスジェンダーがいかに共存するかが課題となろう。昨今、ジェンダーレスのスクール水着が開発され、更衣室のプライバシー配慮についても工夫がなされ始めた。今後ともトランス女性が安心・安全にスポーツを楽しめる環境を整えることが必須である。
(参考文献)公益財団法人日本スポーツ協会(2022)『体育・スポーツにおける多様な性のあり方ガイドライン~性的指向・性自認(SOGI)に関する理解を深めるために(第3版)』
なお、本追記1には、中京大学スポーツ科学部來田享子教授から多大なご教示をいただいた。

(追記2)
LGBT理解増進法は、あくまでマイノリティであるLGBTの人びとの人格と尊厳を十分に尊重するための法であるべきだ。しかし、このたび成立したLGBT理解増進法は当初の目的や内容から大幅に後退した。LGBT当事者からは、「理解抑制法」「差別増進法」に堕したとの声も聞かれる。
国会での法審議が停滞しているうちに、司法判断が国際標準に向けて国会審議に先行した。2019年に全国5か所で提訴された婚姻平等訴訟では、5判決中4つの判決で「違憲」あるいは「違憲状態」の判断が示された。名古屋地裁は、14条1項の「平等」違反と、24条2項の「個人の尊厳」違反を同時に認めた点で画期的であった(2023年5月30日)。24条1項「両性の合意」は同性間の婚姻を排除していないことも5判決全てで認定された。同性婚は憲法違反であるとの主張が否定されたのである。高裁、最高裁へと移る過程でこのたびの違憲判断がどのように評価されるかはわからない。しかし、違憲判決の判決文には、諸外国の実情や国内世論のデータなどが整理されてわかりやすく紹介されており(ぜひご一読いただきたい)、説得的に判断根拠が示されている。一審の違憲判断を覆すには、これらの根拠を否定するに足る十分な論拠と論理性が必要となる。 今後、法律に従って指針や基本計画の作成が進められる。国の指針や基本計画にLGBT差別を助長する内容が盛り込まれ、個人に具体的な不利益が生じた場合には、司法による憲法判断(14条1項違反)を仰ぐこともできよう。司法判断では国際的動向と世論の動向は考慮されるが、政治的駆け引きは反映されない。その意味でも、政府にはLGBT当事者の意見に対して十分に「聴く力」を発揮するよう求めたい。