私たちの日常を動かすナラティブ(物語)のメカニズムに迫る

 思えば私たちは生まれてからずっと、物語に囲まれて生きている。幼いころは親や兄弟姉妹の語り、童話から価値観や道徳観を学び、学校では先生や友達が語る物語に、働き始めると組織の上司や同僚の主張に耳を傾ける。まるでBGMのように常時流れてくるこうした物語は、良くも悪くも私たちの思考に大きな影響を及ぼす。
 英語でナラティブという表現がある。物語とか語り、ストーリー、筋立て(プロット)、言説などと訳される。幅広い物語性を含む言葉で、同じような意味を一言で表す日本語はない。
 信じるナラティブが陰謀論であれば私たちは分断され、憎悪を抱く。英雄伝説を信じるなら勇気と希望をもらうかもしれないが、自分だけが正義のヒーローだと思い込めば狂気の世界へと近づく。
 イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、「ホモ・サピエンスは物を語る動物」だと語った。いかなる人間、集団、国家にも「独自の物語や神話」があり、20世紀が提示したのはファシズムと共産主義、自由主義という「三つの壮大な物語」だという。
 ナラティブの力に魅せられた私は、そのメカニズムについて本格的な調査を始めた。
 「人間にとってナラティブとは何でしょうか」
 私の問いに、解剖学者の養老孟司さんはこう答えた。
 「ナラティブっていうのは、我々の脳が持っているほとんど唯一の形式じゃないかと思うんですね」
 本書は国内外で近年顕著な出来事、現象をナラティブという観点から説き起こし、ナラティブが人を動かすメカニズムを認知心理学、脳神経科学などの専門家の分析も交えて検証する。

 【本書のおもな内容(一部抜粋)】
第1章 SNSで暴れるナラティブ
●養老孟司さん「(ナラティブは)脳が持っているほとんど唯一の形式」 
●安倍晋三元首相銃撃件と小田急・京王線襲撃事件 
●インセルがはまる陰謀論ナラティブ 
●「ローンオフェンダー(単独の攻撃者)」「無敵の人」「強い犯罪者」の時代 
●岸田文雄首相襲撃未遂事件と現代型テロ 
●最強の被害者ナラティブ

第2章 ナラティブが持つ無限の力
●AIで「潜在的テロリスト」をあぶり出す 
●人間が生まれながらにして持つ「人生物語産生機能」 
●WBC栗山英樹監督が語った「物語」 

第3章 ナラティブ下克上時代
●伊藤詩織さんが破った沈黙 
●五ノ井里奈さんが突き崩した組織防衛の物語
●元2世信者、小川さゆりさんの語り 
●「選挙はストーリー」と語った安倍元首相の1人称政治 

第4章 SNS+ナラティブ=世界最大規模の心理操作
●ケンブリッジ・アナリティカ事件の告発者に聞く 
●狙われる「神経症的な傾向のある人」 
●情報戦を制す先制と繰り返し
●トランプ現象という怒りのポピュリズム 
●「日本は特に危ない」
●米国防総省の「ナラティブ洗脳ツール」開発 
●SNSを舞台とする「認知戦」へ
●中国の「制脳権」をめぐる闘いとティックトック 

第5章 脳神経科学から読み解くナラティブ
●幼少期の集中教育は何をもたらすのか
●向社会性が低いとカモにされやすい? 
●孤独な脳は人間への感受性を鈍化させる 
●陰謀論やフェイクニュースにだまされない「気づきの脳」 

第6章 ナラティブをめぐる営み
●保阪正康さんがつむぐ元日本兵の語り 
●柳田邦男さん「人は物語を生きている」
●ナラティブ・ジャーナリズムとは
●SNS時代の社会情動(非認知的)スキル

◆書誌データ
書名 :私たちの日常を動かすナラティブ(物語)のメカニズムに迫る
著者 :大治朋子
頁数 :400頁
刊行日:2023/6/26
出版社:毎日新聞出版
定価 :2200円(税込)

人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか

著者:大治 朋子

毎日新聞出版( 2023/06/26 )