
WANでは、性差別の撤廃・ジェンダーバイアス解消の課題認識を含む、または反差別の立場からセクシュアリティに関する新しい知見を生み出している博士学位論文の情報を収集し、「女性学・ジェンダー研究博士論文データベース」に登録・公開し、広く利用に供しています。2023年9月15日現在、同データベースには1,539論文が登録されています。これら登録論文または博士論文に基づく著書を、多様なバックグラウンドをもつWANのコメンテイターが読み、コメントし、意見を交わす機会を設け、執筆者に、大学や学会とは異なる研究発展の契機を提供することを目的に「WAN博士論文報告会」を開催しています。その第6回を、WAN女性学・ジェンダー研究博士論文データベース担当と上野ゼミが、以下の通り共催しました。
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日 時:2023年9月16日(土)13:00~16:30
開 催:オンライン
参加者:45名
内 容:
第1部
報 告 但馬 みほ『アメリカをまなざす娘たち—水村美苗、石内都、山田詠美における越境と言葉の獲得』小鳥遊書房、 2022
コメント 上野 千鶴子(女性学、ジェンダー研究、社会学)
討 論
第2部
報 告 堀川 祐里『戦時期日本の働く女たち ジェンダー平等な労働環境を目指して』晃洋書房、2022
コメント 濱 貴子(教育社会学、歴史社会学、ジェンダー研究)
討 論
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第1部ではまず、著者但馬みほさんが、博士論文に基づく図書『アメリカをまなざす娘たち—水村美苗、石内都、山田詠美における越境と言葉の獲得』の内容を紹介されました。本書は、日米間の越境体験を創作の契機とした3人の日本女性作家の作品における、言語と人種、ジェンダー、母/娘の相互作用による表現のダイナミズムを論じた研究書です。主な分析対象は、水村美苗『私小説 from left to right 』(1995)、石内 都『絶唱、横須賀ストーリー』(1979)・『YOKOSUKA AGAIN 1980-1990』(1998)・『CLUB & COURTS YOKOSUKA YOKOHAMA』(2007)、山田詠美『ベッドタイムアイズ』(1985)です。三者それぞれの表現が、女性個人の対男性のジェンダー経験と、男性性を体現するアメリカに対して女性化される日本という日米関係のジェンダー表象を二重構造的分析軸として読み解かれ、論じられました。著者は、三者のテクストに共通して用いられている、劣等感、屈辱、恥、勝者/敗者などの語の背後に、アメリカに対する日本人の人種的劣等感と敗戦が在ることに指摘します。そして、アメリカと母から受けた「傷」を写真行為で定着させることを通じて自身が女性であることの肯定へ、「横須賀」から「ひろしま」へと転じていった石内都の創作活動過程に、<敗者>が<敗者>のまま誇りを持って生きのびる可能性を見るとして本書を結ばれました。また、本書の出版が「竹村和子フェミニズム基金(2021年度)」の助成によって実現したことに関し、とりわけ安定した教育・研究職に就いていない研究者の研究継続や成果発表を支えるしくみや活動の重要性をも強調されました。報告に対して、コメンテイター上野千鶴子さんは、文芸批評としての面白さやテクストの分析・解読の優れた点を指摘する一方、なぜこの3作家なのかーが十分説明されていない等対象選定の妥当性、通時的分析が石内都についてのみしか行われていない、表現のジェンダー化の分析でありながら男性作家のアメリカ経験・敗戦経験の表現との対照が為されていない等方法の論理性・首尾一貫性等の課題を指摘し、著者と議論を交わされました。続く会場討論では、論及の対象となった写真家の石内都さんがオンラインで参加され、所感を述べられました。
第2部では、まず著者堀川祐里さんが博士論文に基づく図書『戦時期日本の働く女たち ジェンダー平等な労働環境を目指して』の内容を紹介されました。本書には、以下3課題の解明を通じて、労働と生殖両面で女性の力が求められた戦時期の女性労務動員の全体状況を把握することを目的に行った研究がまとめられています。課題の1つ目は、階層・既/未婚の別等による女性労働者の多様性とそれによる戦時労務動員に対する態度の相違、2つ目は、女性の労務動員のために政府が講じた諸政策とそれに対応した使用者の労務管理の特徴、3つ目は、戦時女性労務動員に対する研究者や女性指導者の活動や主張、です。資料の収集、仔細な分析・考察を通じて、本書では、これら課題について次のようなことが明らかにされています―1つ目に、戦時期には、労務動員の対象ではないにもかかわらず稼得の必要性から稼得労働を行っていた女性も、労務動員の対象とされても応じなかった女性も在ったこと。2つ目に、政府は、それまで稼得労働を行っていなかった未婚女性の労務動員政策に特に注力する一方、稼得労働を行っている既婚女性には稼得労働と世代の再生産の二重の期待をしていたこと.3つ目に、研究者や女性知労働の指導者から稼得労働と世代の再生産を共に担う既婚女性の労働環境の問題点が指摘されたが、そ
うした指摘が聞き入れられることはなく、労働環境は改善されなかったことー。堀川さんは、博士論文として取り組まれた本研究を、その後「戦時期の母子保護法における適用水準と運用方針との関係性」の研究、および「女性労働者のリプロダクティブ・ヘルス/ライツに関する研究:生理休暇に焦点を当てて」へと発展させておられます。報告に対して、コメンテイター濱貴子さんは、本書を、戦時期の女性を稼得労働の必要性の有無と婚姻状態によって4層に分類し、戦時期の女性に対する労務動員政策・労務管理状況とその実態を丁寧に解明し、戦時期日本における女子労務動員の全体像を明らかにした労作であると高く評価されました。特に興味深かった点を4点挙げたうえ、「生理休暇が現在も残り続けていることの意味」、「戦時期を生きた人々の戦争協力・戦争責任」等3点について、会場を巻き込んで著者と議論を交わされました。
熱い3時間半を、上野千鶴子理事長の挨拶を以て閉じました。
参加者アンケートでは、回答者の全員が、「参加目的は十分/概ね達成された」と回答し、次のような感想・意見が記されました(順不同)。
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◆但馬さんのご著書からは、米軍基地のある町横須賀の戦後の状況(圧倒的な暴力との共存について考えさせられた)を石内都さんの写真作品の分析を通して学ぶことができた。水村美苗さんの作品の分析では、「選択された無知」の部分が非常に印象的だった。気づいてしまったからにはそれ以前の状況には戻れない、ではどう声を上げていったらいいのか、ということについて考えさせられた。山田詠美さんの作品の分析では、主人公のキムにとってスプーンは母だったという指摘になるほど!と驚くとともに、キムがスプーンを、人格をもった人間(ジョセフ・ジョンソン)としては見ていなかったというところにも衝撃を受けた。カテゴリを超えて人間(そのひと)として関係を結ぶことの困難を再考するきっかけを与えられ、自分の周りの人とのかかわりについてもあらためて考えさせられた。また、キムの成長譚として読めるという視点や、少女漫画の影響力の指摘も、非常に興味深かった。堀川さんのご発表では、戦後の生理休暇の制定過程を保護と平等の軸を前提にするのではなく(この見方を再検討し)、健康の権利の側面から見ていきたいという、先行研究を踏まえた見解は説得力があり、堀川さんのこの面の今後の研究成果に大いに期待する。また、「稼得のために働かざるを得ない」という表現の背景に、資本主義社会における生存権や最低賃金を重視する社会政策学の認識があるということについても、なるほどと思った。質疑応答の終盤、戦後直後、女性たちが職場から撤退していったのはなぜかという議論があった。占領軍の暴力の影響も小さくないのではないだろうか。
◆いずれも、研究課題の設定が素晴らしく、その課題を追求するための資料の収集と分析、解釈の水準が高かった。研究の優れた点や課題が先輩研究者によって鋭く指摘され、期待が伝えられ、対話が為され…報告、コメント、討論いずれも非常に手ごたえがあり、魅了された。第1部と第2部は、第二次世界大戦でつながっていて、組み合わせもよかった。こういう場が市民に開かれていることもWANの活動ならではだと思う。但馬さん、堀川さんの研究の発展を心から期待する。
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知見も、論文提供者も、コメンテイターも、参加者もそれぞれが相対化される、濃密な考察と対話のひとときでした。WAN博士論文報告会が、WANらしい/WANならではの事業として鍛え上げられていくことを願ってやみません。
文責:WAN博士論文データベース担当 内藤和美
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