
「みんないつかは世話になる」介護の転換期に向き合うための一冊
20年以上、介護現場の指揮官として「よい介護」を追及してきた髙口光子さん。2022年、髙口さんは長年勤務を続けてきた介護福祉施設から事実上の解雇通告を受けます。介護保険制度が成立して以来研究を続けてきた上野千鶴子さんは、その出来事から「介護の転換期」を感じ、本書の対談はスタートしました。
上野さんが髙口さんと出会ったのは1999年。介護保険制度ができる前年のことです。当時、髙口さんが「お年寄りを嫌いと言っていいし、好きなお年寄りは好きと言っていい」と言っていたことに、上野さんは驚いたといいます。
一般的に介護や福祉にまつわる仕事に従事する人々は、利用者に対してネガティブな言葉を発することはおろか、マイナスな感情を抱くことすら許されていない空気があるといいます。しかし、マイナスな感情をはき出してからこそ、職員ひとりひとりが自分の感情や考えと向き合いながら介護のことを考えることができるのではないか。好き嫌いの感情を出していいという髙口さんの言葉は、効率化・画一化された介護ではなく、介護を受ける人々が人間らしい生活を贈ることを目指しているからこそ生まれたものでした。
こうした、介護のプロフェッショナルである高口さんの経験から生まれた言葉を、上野さんの対話のなかで引き出していきます。食事・排泄・入浴を集団でおこなう「集団処遇」が当たり前だった施設で、1人のお年寄りの入浴を実現させることを通して、介護職員の意識改革をおこなったこと。つけておかなければいけないチューブを何度もとってしまうお年寄りの家族から「縛って下さい」といわれたとき、高校を卒業したての新人職員とともに縛らなくていい方法を見出したこと。職員たちと真剣に対話を繰り返しながら「よい介護」を実現していきます。
その一方で、施設の経営者たちが効率化・画一化に舵をきっていることにより、介護の崩壊がいたるところで起こっている現実も語られます。実際、介護保険制度の改定により施設職員の人員配置が3対1(3人の利用者に対して介護職員1人)から4対1(4人の利用者に対して介護職員1人)に改定されたことを契機に、多くの介護施設では監視カメラをはじめとしたICT機器が導入され、生産性の向上の名のもとにコストカットや効率化はより一層進行していると言っていいでしょう。
「介護保険の戦略が欠陥だらけ」で、経営の問題により「戦術も限られている」なかで、現場の最前線のなかで職員たちが奮闘していることが、むしろ制度や組織の問題を温存しているのではないか。だからこそ、介護現場からの言葉を届けることが必要である。上野さんはそう問題提起をします。
このように本書では、現場と制度の間の視点から過酷な現実を直視することを通して、あるべき介護のあり方を照らし出します。
それと同時にこの対談で提示される「結果のある制度と生産性を追求した組織の問題が、現場の努力によって免責されてしまう」という構造は日本社会のあらゆるところで見られる問題なのではないか、ということに思い当たるはず。
いま目の前の介護の問題で苦しんでいる方々のみならず、やがて介護の問題に直面する人々―つまり、すべての人々―に向けたメッセージです。
【目次】
はじめに 介護保険の転換期に―髙口光子の解雇から見えるもの(上野千鶴子)
第一章 私、クビになりました―介護保険の危機
第二章 こうして私は介護のプロになった
第三章 「生産性」に潰される現場の努力
第四章 介護崩壊の危機
おわりに 私が今言うべきこと(髙口光子)
◆書誌データ
書名:「おひとりさまの老後」が危ない! 介護の転換期に立ち向かう
著者:上野千鶴子、髙口光子
頁数:208頁
刊行日:2023年10月17日
出版社:集英社新書
定価格:1,000円(税抜)
慰安婦
貧困・福祉
DV・性暴力・ハラスメント
非婚・結婚・離婚
セクシュアリティ
くらし・生活
身体・健康
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高齢社会
子育て・教育
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LGBT
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