8月18日金曜日。周防灘(すおうなだ)と伊予灘(いよなだ)の境では、穏やかに凪ぐ海のうえに青い空が広がっていた。潮目に浮かぶ祝島(いわいしま)を、約3.7km先に見える長島(ながしま)の突端・田ノ浦から昇る朝日が照らしてゆく。天気は雨の予報に反して、猛暑の真夏日になりそうな気配である。
定期船「いわい」は朝から定刻どおり運行していた。急きょ前日に祝島入りしたわたしは祝島港6時45分発の第1便、通称「朝便」に乗りこんだ。船内はなかなか混んでいる。新型コロナ感染症の流行以来4年ぶりに島へもどった親類縁者も、すでに多くはお盆のUターンの波にのって島外へと帰っていた。休みあけを待って病院へむかう島民がかなりいるということか。
もっともこの日は上関町役場へむかう人も常ならず多かった。9時からの町議会を傍聴するという。
「核のゴミ」中間貯蔵施設(以下、中間貯蔵施設)を町内の田ノ浦周辺につくる計画が、突如として浮上したのが16日前のこと。それについての臨時議会がこの日、開かれることになっていた。内容は、事業者である中国電力(以下、中電)と関西電力(以下、関電)が立地可能性調査をおこなうことを、町として受けいれるかについて。臨時議会の開催は4日前、お盆のさなかに決まったことだった。
それだけで衝撃的なニュースだったが、臨時議会の開催日中にも西哲夫・上関町長は立地可能性調査を受け入れる意向だと、ほぼ同時に報じられて追い打ちをかけた。町民の関心の高さは、この船内の混み方からもうかがい知ることができる。
もっとも、「上関原発を建てさせない祝島島民の会」はこの日、動いていない。非暴力の直接行動で40年以上も原発計画を押しとどめる住民団体の旗や幟を持ってきた人もいなかった。ひとりひとり自由意志で行くのだという。紙や布に思いを書いてきた人、思いを託した衣類を身につける人。それぞれの考えで工夫しているようだ。焦点が原発ではなく中間貯蔵施設だからだろうか。
上関の桟橋に降りたつと時刻は7時を20分ほどすぎていた。海を背にして上関町役場まで、ゆるやかな坂を少しばかり登る。まもなく視界に、昨年3月に完成したばかりの新庁舎が飛びこんだ。旧上関小学校の跡地に建つという。ということは、857年にできた町内最古の神社・竈(かまど)八幡宮のすぐ前になる。
上関はかつて竈戸関と呼ばれ、鎌倉時代の初めには賀茂神社の荘園として「賀茂注進雑記」に挙がっていると民俗学者の宮本常一さんが著書『海に生きる人びと』で記している。「京都の賀茂神社は古くから方々に神領や御厨をたくさん持ち、それらの土地に賀茂という地名と賀茂神社をのこしている」とも書いていた。
上関町の賀茂神社には心あたりがある。本州の熊毛半島の突端を占める室津地区の、上関海峡に面した日和山ちかくの樹々の奥に、ひっそりと佇む古い社だ。
そこの宮司だった林春彦さんは、中電が上関原発をつくろうと計画する四代(しだい)地区の八幡宮の宮司も兼任していた。その八幡宮名義の土地(以下、八幡山)が原発の予定地に組みこまれると、「鎮守の森を原発のために売ることはできない」と林宮司は売却を拒みつづけた。
中電が八幡山を買収しえたのは、辞職願いを偽造された林宮司が神社本庁に解任された後のことだ。解任の無効を訴えて裁判を起こした林さんは、その裁判で出かけた岩国の法廷内で倒れて救急搬送され、2007年3月に逝去したと聞く。
その裁判を引きついだ弟の眞木雄さんを、わたしは室津の賀茂神社に訪ねたことがある。神社内にある居所には古くなった有刺鉄線がまわりに張り巡らされていた。
それは「兄が自分で張った。用心深い人だったから」と眞木雄さんは教えてくれた。「侵入者もあったかもしれないが、兄はむしろ、犯罪をでっち上げられて容疑者にされることを心配した」と言う。「八幡山が焦点になった2000年当時、上関原発についての国の電源開発調整審議会(以下、電調審)への上程が延びていた。そのため中電は八幡山も買収したかっただろう。でないと電調審に上程できないから切実に」とも話していた。
2000年8月には、眞木雄さんの発案で春彦さんを東京へ連れだした。「犯罪をでっち上げられる危険があったから」だ。実際に春彦さんはそののち解任理由を捏造されている。そして2003年、遂に宮司を解任された。
眞木雄さんによれば、この賀茂神社は「拝殿の奥に御殿があり、その奥にご神体がある」。もっとも、ご神体が何かは「自分も見たことはない」そうだ。「想像するに、榊の木か御幣(ごへい)か石か。ただしこれはあくまでも、民俗学者の折口信夫さんのいう依代(よりしろ)で、それ自体は神でなく、神がそれにくっつく」と話していた。
いにしえから竈戸関に根ざす賀茂神社の流れをくむ宮司が、文字どおり命をかけて未来へと受け継ごうとした森。そこにいま、原発に先だって核のゴミ捨て場までつくられようとしている。林さんが存命だったなら、この臨時議会をどう見るだろうか。
役場前には続々と人が集まり、いつしか長い列をなしていた。その尻尾で「傍聴席 抽選 最後尾」と書かれた木札を男性が高く掲げている。おそらく役場の職員だろう。記録的な猛暑となった夏の外気温に適したポロシャツ姿だ。たくさん詰めかけた取材関係者もふくめ、Tシャツやポロシャツなど軽装が多い。
8時までに100人近くが列に並び、抽選がおこなわれた。傍聴席は20人分のみだから、当たって傍聴券の交付をうけて議場に入り、議会をじかに傍聴できるのは5人に1人。ただし、外れても議場の外に設置するモニターで議会を視聴することはできるという。抽選が終わっても人の姿は減る気配もなく、高い関心を見せつけた。
8時30分ころ、庁舎への道をあがってくる西町長の車が見えた。
「町長が来ましたよ」周囲へ告げるかのように祝島の女性が小さく呟く。
「おいでませ!」女性の声がつづいた。
駐車場に町長が車を駐めるやいなや、気づいて集まった人びとは、思いをしたためた紙や布を、運転席にすわる町長に向けて掲げた。
「なぜ、そんなに急いで決めようとするのですか?」
「今回の騒動を起こした張本人は西町長である!! そもそも最初のやり方が間違っていた」
地声で訴える人もいる。
女性:説明してください。
女性:説明お願いします。よろしくお願いしまーす。
女性:中電の悪徳商法に騙されたらダメですよー。
女性:町長、頑張って反対してくださーい! 綺麗な町をお願いしまーす!
車の窓を開けんにゃあ、いかんのじゃない? と案じる声がした。
女性:窓を開けて聞いてくださーい。よろしくお願いしまーす!
女性:何を考えちょるんか。
男性:うちら何も聞いてないよ。強引すぎるぞー。
女性:独裁政治反対!
男性:これがまともな町長のやりかたか?
女性:手続きを踏んでません!
女性:横着たれるな。
男性:何でもかんでも勝手に決めるんじゃないよ。
男性:町民の意見を聞け。
女性:あとのことまで責任をとれるんか?
男性:2週間で何が決められるんだよ!
女性:先祖が守ってきた土地を、どうするんですか。顔向けできるんですか!
女性:子どもたちのためです!
男性:ここは中電の町じゃないんですよ。
あちこちから、そうだ! そうだー、そうだとコダマのような声がつづく。
男性:一人ですべてを決めるな!
女性:町長、独裁はいけません。町民みんなの声を聞いてください!
女性:私たちの声ですよ? 町民の声というのは!
役場職員:すみません、車から離れていただけますか?
あちこちから一斉に、離れられん! 無理やそんなの。離れられん! と声が湧く。
男性:(役場職員に対して)おまえは誰の味方か?
女性:(町民の)話を聞きたくないなら(町長は)帰ってもらってもいいよ。
女性:町長、室津(にある自宅)へ帰れ。
男性:独裁者!
役場職員:すみません、車から離れていただけますか?
女性:できません。
男性:中電のことは聞くのに、俺らのことは聞かないんですか?
女性:住民のことも聞け。
女性:みんなの声を聞いてください。
蝉時雨に負けない粘りで、町内や周辺地域に暮らす民が町長へ訴える。
女性:こんなことをしたら、まともなことはできませんよ。
女性:ほんとよ。みんなの恨みがかかるよ。
女性:(自分で)責任とれん物を持ってくるな!
男性:核のゴミは要りませーん!
女性:島根県のも要りません、福井県のも要りません!
女性:粗大ゴミと勘違いしているんじゃありませんか?
役場職員:すみません、車から離れていただけますか?
男性:町長、こうなることわかってて、なんでこんなことするの?
男性:なんでまた、うちら(町民同士)を揉めさすんですか?
女性:ほんと! (ずっと原発への賛否で割れてきた町民同士の関係が)やっと普通になったのにねぇ。
男性:これのどこが“町づくり”なんですか?
女性:私たちが一生懸命“町づくり”しているのに。芽を摘まないでください。
女性:カネかねカネかね。金のことしか言ってないじゃないですか?
女性:一生懸命にブランド品を作ろうとしているんです、上関町の。その努力を無にしないでください。
男性:誰も責任とれんことを、やっちゃいかんちゃ。
役場職員:車から離れていただけますか?
女性:離れられん!
役場職員:業務ができませんので申し訳ないですけど車から離れてください。
女性:させんためじゃ。
男性:町長はまともな“業務”をしとらんじゃないか。
男性:“業務”と言えないよ、こんなことは。
男性:説明責任を果たしてないじゃないですか。全部(町長の)独断で決めてますよ? 民主制を奪わないでください。
女性:独裁はやめましょう。
女性:核のゴミは要りません!
女性:“中間”施設どころか、もう“永久”ですよ、“最終”ですよ。ね? わかってるんですよ。
役場職員:車から離れていただけますか、ご協力をよろしくお願いします。
女性:話を聞いてください。
女性:中電に断りを入れるなら、離れます。
女性:上関町は町長のものじゃない!
あちこちから、そうだ! そうだーと声が起きる。
女性:あんたは、もともと田布施かどっかの人でしょうが。
田布施じゃなくて平生(ひらお)だと耳打ちする人がいた。
女性:あ、平生か。平生の人間でしょ? 上関町の人間じゃないんでしょう?
静かで抑えたトーンながら、不思議な凄みを帯びた声である。
女性:何かあったら、どうせ逃げるんでしょうが。
その地に根ざして自分の生を懸命に生き、過去に生きた人の経験や知恵に支えられてその思いもともに生き、未来に生まれる人をも思って現在と向きあうゆえの、多声的な響きといったらいいか。ひとりの人のなかに、過去から未来への歴史の流れと、蓄積される時間をこえて受けつがれる命がある。
だから彼女の発する声は、自身の声に、過去と未来を生きる他者の声もおのずと重なる気配が漂うのだ。もしかしたら、これこそ、その土地の“声なき声”なのかもしれない。
男性:ちゃんと説明してください。その説明もなく「どけ、どけ、どけ」と言われたって、どけるわけがないじゃないですか。
役場職員:ご協力よろしくお願いします。
女性:町民のいうことも聞いてください。
女性:町長ひとりが町民じゃあない。
女性:あなたが亡くなった後に、あなたの娘さんたちはどう思いますか?
役場職員:車から離れてください。マスコミの方もご協力お願いします。
役場職員:車から離れていただかないと、庁舎管理権限に基づいて警察のほうにご協力をお願いすることとなります。ご協力をお願いします。
男性:町長は町民に説明しましたか? 説明責任を果たしましたか? それも果たしていないのに(町長が)独断で決めて、町民はどいてくださいってどういうことですか。
女性:ちょっとお伺いするんですけど、担当はどこになるんですか、ここは。ここは町役場のものということは町民のものでもあるんでしょう。自分たち(役場職員)のものじゃないでしょう?
女性:中間貯蔵施設のことは一切、町民に言っていないでしょう? 町長は選挙で7割の票をもらったとか言うけど、選挙では原発のことしか言ってない。中間貯蔵施設のことは一切、言ってないじゃないですか。
女性:(上関原発計画を)推進している人たちも反対していますよ。
男性:議員にしたって、(中間貯蔵施設の視察をしても)全会一致でないと(ことは)進めないって言っていたんでしょうが。
男性:町長も町議も誰も、中間貯蔵施設の話なんか選挙で出してねぇよ。
女性:わかってたのに、選挙公約には上げてなかったじゃないですか。
女性:みんなの“洗礼”を受けてない!
女性:町民への裏切りですよ。
女性:公約違反!
役場職員:車から離れてください。
女性:離れられません!
役場職員:庁舎管理権限に基づいて警察にお願いすることになります。
女性:町長を捕まえるなら、空けますよ?
女性:未来に対する犯罪ですよ?
男性:警察は町長を捕まえてくれ、メチャメチャやるから。
女性:警察も考えてください、お願いしまーす。
役場職員:マスコミの方も危ないですから、脚立の上とかで撮影はご遠慮ください。下がってください。
マスコミの人びとは一斉に後方へ下がり、遠巻きに取材をはじめた。
女性:核のゴミは危なくないんですか?
女性:「危ない」「危ない」って…。今は(町長は)安全ですよ、車の中におるんじゃけぇ。誰も手を出していません。
役場男性:車から離れてください。
女性:町民を守ってくださーい!
役場男性:車から離れてください。
女性:町民を守ってください。Xさん(役場職員の名)、町民を守ってくださーい! 町長ひとりよりも、町民を守ってくださーい!
女性:綺麗な、本当のまちづくりをしてください!
男性:やりたくないなら(町長を)やめてください。
女性:上関は魅力がいっぱいあるんだから。
役場職員:車から離れてください。
女性:町長やめろ。
役場職員:警察に協力を要請しました。車から離れてください。(つづく)
注1) このレポートの予告動画3本の動画のうち1本目を現在も公開中です:8月18日、上関町役場前で その1
(午前8時すぎ、町内外の住民が平穏に町長へお願いしている時間帯の様子です)。
*この企画は一般財団法人上野千鶴子基金の助成を受けて実施しています。