いつもお読みいただきありがとうございます。あ、たまたま開かれた方も、もちろんありがとうございます。
このたび僭越ながら、本を書かせていただきました。『分断されないフェミニズムーほどほどに誰かとつながり生き延びる』(2023 青弓社)というタイトルで、フェミニズムと接する中で学んだことをさまざまに語らせていただいております。

分断されないフェミニズム: ほどほどに、誰かとつながり、生き延びる

著者:荒木 菜穂

青弓社( 2023/12/18 )

フェミニズムとの出会いについては本連載でもたびたび触れてはおりますが、拙著でもまず、それがわたし自身のジェンダーの「呪い」を解くものであること、それとともに、フェミニズムが自身の生き方と相容れないとも感じることやむしろ私にとっての「呪い」ともなることを述べております。

「呪い」を解く、とは、(この場合)女であることによるさまざまな決めつけや貼られるレッテルに抗う術を得ることでもあり、性役割の呪い、ルッキズムの呪い、性の呪い、さまざまなジェンダー構造により生み出された呪いが、フェミニズムを知ることにより、解かれていくという経験がありました。

ひとつの思い出として(前にもどっかで述べたかもですが)、子どもの頃、男女児童がいる場で、女子だけが、保護者が作業をしている間の小さな子どもの世話を任せられるということがありました。それにたいし私は、女子だけがそれをするのはおかしい、と反論しました。しかしそれを受けた大人は、私に、面倒なことをしたくないさぼりたい子だというレッテルを貼りました。もしフェミニズムを知っていれば、なぜ女だけ、というもやもやが単なる「文句」ではないことも知り、私はただの怠け者なのか(それはそれで事実ですけど・・)と自責の念を持つ必要もなかっただろうし、もっと説得力のある反論が説明できただろうと思っています。


「相容れなさ」とは、「女性の分断」とか「フェミニズムの対立」とかいう文言で世間一般に言われることにも通じる話ではありますが、本のタイトルを、「分断しない」ではなく「分断されない」としました。これもまた、分断とは、誰かが貼るレッテルであるという思いからさせていただいたことです。実際に相容れなさから起きているのは、分断という静的なものではなく、(ヘイトや差別につながるものを抜きにするとして)フェミニズム的な営みのなかでのそれらは、論争であり、調整であり、そのなかでの対話の模索であるのではと感じています。


いくつかの経験を経て(これもここではさんざん書き散らしてきましたが笑)フェミニズムが一枚岩ではないことを知り、それにより、自身のフェミニズムによる「呪い」との折り合い、さらには、一枚岩ではない「相容れなさ」を(「分断」ではなく)どう調整するかの営みがフェミニズムの醍醐味であることなどを痛感することとなるわけですが、そのあたりについても本著ではさまざまな角度から綴らせていただいております。


とはいえ、たいしたことは書いておりません。現時点で深刻な意見の相違や対立とされている問題を解決する特効薬にもたぶんなりません。また、フェミニズムの活動に関わってこられた方にとっては、そりゃそうやん!、ということばかりかもしれません。でも、そりゃそうやん、の中に、いわゆる第三波以降にフェミニズムに触れた私は、希望や、現在インターセクショナリティと呼ばれていることに通じるあたたかい鍵のようなものを感じ、日常の中で流れていったであろうそれらの一部を拾い、書き残させていただいた、という感じです。「相容れなさ」の調整とかそんなキレイゴトばかりではなかった、もっと傷つき傷つけあうような悲惨なことも多くあった、というお声もあると思います。私自身、そういったことのいくつかはそばで拝見してきた部分もあります。そういった現実を否定し、日本の草の根フェミニズムは素晴らしかったと称賛し、そこで生じた多くのしんどい経験や場合によってはフェミニズムに反する経験などをなかったことにするつもりは毛頭ないです。しかし、皆が同じ方向を向くことなくともゆるやかに連帯することを模索してきたプロセスそのものには最大の敬意を示したいです。個人的には、仲良くなれなくてもいいのでは!というのがフェミニズムだと思ってますがまたそのあたり語り合う機会が持てたら、とも思いますし、むしろそのきっかけに本著がなればいいなという個人的な思いもあります。


そういったお叱りも、もっとたくさんの「そりゃそうやん!」も、ぜひさまざまなご経験を持つフェミニストの方々からいただけると嬉しいです(とおこがましくも)。また、日本のフェミニズムの活動の生の営みのひとつの側面として、現代を生きるフェミニストの方々にも見ていただけると幸いです。


さて次回以降は、本には書ききれなかった、フェミニズムの活動で学んだ、最近のさまざまなことなどに触れさせていただければと思います。よろしくお願いいたします。